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【ER】名古屋侵攻阻止作戦~Exclusion of raid~

エンディングノベル(2019年2月20日 更新)


 長い一日が終わろうとしている。

「これがエルゴマンサー、フォン・ヘスの能力……」
 戦場から得た映像記録や報告書に目を通しながら、エディウス・ベルナーは唸った。
「流石に化物じみてますねぇ、こいつは」
 横から口を挟んだのは、研究者であるシヴァレース・ヘッジ博士である。
 映像記録がエディウスの執務室に届いたとほぼ同時にやってきたのだ。どのみち、此度の戦闘における各種の解析を行う為にデータは彼に渡す予定ではあったのだが。
「ショウ・タイムか。皮肉なもんだが言い得て妙だ。この演出はそれこそ魔法じみてる」
 ナイトメアのエネルギー源は有機生命体およびその精神力とされているが、実際のところそのエネルギーをどのように活用しているかはライセンサーのIMDの扱い以上に千差万別だ。
 レールワームのように粒子レーザーのような攻撃を放ってくるモノも確かにいるが、フォン・ヘスの見せた攻撃はそれよりも遥かに強力で、かつ曲芸じみていた。あれを自在に操っているのだとしたらそれは人類文化で例えると一種の『魔法』と呼んでも何らおかしくはない。
 その魔法一撃で多数のアサルトコアを戦闘不能に追いやられているのだから、メガコーポは面白くはないだろう。ちなみに、紫電帝とレイ・フィッシャーは戦闘が終結するなり自社への影響を確認する為に席を立っていた。
「ただ、今はコイツにビビってても仕方ないんですよ」
 ヘッジは肩をすくめる。
「奴は言動にもあった通り人類の成長を待っている節がある。そうなると、今回みたいに前に出てくるってことはそうそうないってことは言えるでしょう。対策はこれからだって充分に練る時間はある」
「問題は、ボマーやラディスラヴァといったエルゴマンサーと思しきナイトメアですね。フォン・ヘスに比べるとフットワークは軽そうです」
 ヘッジに従って執務室にやってきていたリシナ・斉藤が口を挟む。
「フォン・ヘスと目に見える形で同じ戦場に絡んできたあたり、あの二体は他のナイトメア、エルゴマンサーに比べても特別なのかもしれません」
「そんな輩は多くないとは思いたいが……二体だけとも限らない。警戒は必要だな」
 エディウスは手元に置いてあったメモに『confidant』と書き加えた。
 後に、これがボマーやラディスラヴァといった一部のエルゴマンサーを指す名称となることになる。

「すぐにとはいかないだろうが、新型のアサルトコアの投入もこの先必要になってくるだろうな」
「EXIS自体もですよ。まだまだコイツには出来そうなことがたくさん詰まっている」
 ヘッジが返した言葉で、ふとエディウスは思い出したことがあった。
「そういえば夏に言っていたものはどうなっているんだ?」
「その辺りの報告ももう少しで出せますよ」
 ヘッジはにやりと笑った。


「余興としては上々か」
 フォン・ヘスは上機嫌だった。
 人類はナイトメアの糧となるべく、これからまだ肥えていける。その可能性を見たのだ。ナイトメアの繁栄の未来を思えば喜ばしい。
 ただ、放っておけば成長するものというものでもないだろう。
 絶望という適度な刺激は必要だ。

 フォン・ヘスはザルバやクラインのいる北欧のインソムニアに帰投する前、別のインソムニアに寄った。
「まさか直接いらっしゃるとは……感激ですわ」
 出迎えたのは、ラディスラヴァ・ベチュカ。日本で暗躍していたときとは異なり、今は真紅のドレスに身を包んでいる。
 自分たちですらあまり目にしない彼女の装いに、フォン・ヘスは少しばかり驚きながら感想を口にした。
「なかなかに派手な出で立ちだな」
「本来の『ラディスラヴァ』はこういうのを好んでいたようです。悪くはない趣味だと思い踏襲しました。
 ところで、ここにいらっしゃったのは一体」
 ラディスラヴァは首を傾げる。
 何かあったのかと思ったのかもしれないが、フォン・ヘスはそれは杞憂とばかりに口端を歪めた。
「ああ、なに。此度の戦闘を演出したことへの労いに来たまでだ。それなりに楽しめたのでな。
 後は強いて言えば、『もっとやっていいぞ』と伝えにきたくらいか。
 今回程度の強度なら人類は耐えられるようだ。もう少し、刺激を強くしてもいいだろう」
 その言葉を聞いて、ラディスラヴァも優雅に笑んだ。
「それならば……他の者たちも『起こす』べきなのでは?
 ボマーは、全てではないにしろある程度手の内は割れてしまいましたし」
 その提案に対し、フォン・ヘスは「元よりそのつもりだ」と返した。
「これからは楽しくなるだろうよ。
 人類は自らの増長を喜び、いずれそれを食すことが我々の楽しみにもなる」
 そう言って、彼は嗤うのだった。


 言うまでもないが、SALFに設けられた救護室は大忙しとなった。
 もちろん大小はあれど、特にフォン・ヘスに立ち向かった者たちの負傷は激しい。

 だが、それでも死者は出ていない。
 名古屋の街は無事とは言い難いが、それでもライフラインは壊滅はしていないようだ。時間はかかるかもしれないが、復旧できる見込みは十二分にある。
 今回のナイトメアの目的が、内外両面からの名古屋および工業地帯の壊滅にあったのであれば、それは防げた。フォン・ヘスの力は猛威ではあったものの、戦線で見れば辛うじて人類の勝利とは言えるだろう。
 ナイトメアをこの地球から放逐する為には、少しずつでも、見栄えが悪くとも、そのように勝利を積み重ねていく他ない。

 長い一日が終わり、そして次の一日がまた始まる。
 ライセンサーたちに、束の間の休息を。
執筆
津山佑弥
文責
株式会社フロンティアワークス


 SALF長官室は、作戦開始前より一層緊迫した雰囲気に包まれていた。
 ボマーを主軸としたナイトメアの軍勢の侵攻は一通り収まった。問題は、その被害状況だ。
(これを想定通りと見るかどうか)
 エディウス・ベルナーは上がってきた被害報告を前に、難しい顔で思案する。
「工業地帯の被害が思ったより少なく済んだってのは俺たちにとっては有り難え話だが、な」
 その表情を見てか、紫電帝も言葉とは裏腹に険しい表情は崩さない。モニター越しのレイ・フィッシャーには流石に被害報告は見えていないが、こちらも決して緩んではいなかった。
「ボマーがこちらの想定の上をいく行動を取ることは予想できた。だからこそ、ある意味では分かっていたことではあるのですが……」
『ナゴヤの市街地のダメージが大きく、人民の安全を当面担保出来ない。問題はそこか』
 レイの指摘に、エディウスは肯くしかない。
 ボマーの生み出した子蜘蛛の安全な処理方法を暴く。
 その最低限の目標の達成もそうだし、ライセンサーは出来うる限りのことをした。
 それでもなお、全ての被害を抑えることは出来なかった。これまでの戦線でも幾度となく味わってきたことだが、ナイトメアの圧力の恐ろしさをまた一つ経験することになった。
 とはいえ、ボマーの脅威はひとまず去った。
 復興に目を向けつつ今後のことを考えればいいと考えた矢先――。
「緊急報告です!」
 レイが映っているのとは別のモニターに、女性オペレーターの強張った表情が映る。

「名古屋近海、伊勢湾にナイトメアの第二陣と思われる軍勢を観測!
 しかも率いているのは、エルゴマンサー、フォン・ヘスとのことです!」


 アサルトコア。
 以前の戦線でも、フォン・ヘスは何度かその存在を目にしたことがある。

フォン・ヘス
 もっとも都度、彼自身はかすり傷一つ負うことすらなく人類の軍勢を敗走に追いやっているのだが。
 とはいえ、当時と今では多少状況が異なることくらいの認識はしている。
 その証左が、夏の東京侵攻の失敗だ。
 クラインが本気を出したわけがない。それでも、人類の強さとやらが彼女や自分が知っている程度の戦力であるならば充分に東京の街を破壊できる筈だった。急激にライセンサーの数が増えたことが影響しているのだろう。
 数を増やせばいいというわけではないが、質の良さとは絶対数・試行数が多くなければ生み出されない。
 その意味では、人類を糧としたいナイトメアにとっても都合がいい事象とも言えた。

「一つ、私もその人類の『成長』とやらに噛んでみようと思うのだが」
 日本が冬に入る前の頃、フォン・ヘスはラディスラヴァとボマーを呼び出してそう提案をした。
 一人と一体はザルバの懐刀ではあるが、ザルバの側近であるフォン・ヘスやクラインはその懐刀に対しても指揮権を持っている。
「人類にとって、良い恐怖は良い成長に繋がるようだ。そうでなければここまで粘ることもなかっただろう。
 だが、もう少し美味くなってもらわねば我々の為にもならない」
「だからこそ圧をかけようというわけですね」
 素晴らしい、と言わんばかりに胸の前で手を組み合わせるラディスラヴァの言葉に、フォン・ヘスは肯いた。

 そして今、フォン・ヘスは伊勢湾の上空で、引き連れたブリッツクリークのうちの一体の頭部に座していた。彼の座っているあたりが椅子のようになっているのは、この個体だけの特徴――いわばフォン・ヘスが空をまたいでどこかに移動するときの専用の個体なのである。
 多少想定外の事象もあったようだが、ボマーも手筈通り名古屋から脱出したとの報せは既に入っている。
 あとはボマーが居なくなったことで若干弛緩したところを突く。
 ここで反抗できるようなら糧として育てがいも覚えるだろうし、耐えられなければ期待したほどではなかったということだ。

「ナイトメアという優れた種の為に、精々足掻いて美味しくなるといい、人類よ」
執筆
津山佑弥
文責
株式会社フロンティアワークス

●Explosion
「潜入したナイトメアが自爆、だと?」
 慌てて長官室に駆け込んできた職員からの報告に、エディウス・ベルナーは顔を強張らせた。その場に居合わせた紫電帝も、モニター越しのレイ・フィッシャーもそれぞれに険しい表情になる。
 職員は差し出された水を呷ると、呼吸を落ち着かせながら報告を続ける。
「はい……多数の工場に蜘蛛型のナイトメアの潜伏を確認しました。隠れている、もしくは壁や天井に張り付いているだけで動かない為にライセンサーが様子見の一撃を加えたところ、突然工場内の広範囲を巻き込む自爆をしたそうです」
「そのライセンサーの容態は?」
「至近距離だったのもあってか、イマジナリーシールドは破壊、本人も重体に陥ったそうです。一命はとりとめたようですが……その前の戦闘での消耗が軽かったのが不幸中の幸いと言う他ありません」
「そうか……」
 安堵していいのか分からず複雑な面持ちになるエディウスをよそに、レイが問う。
『広範囲、と言ったな。工場自体も無事ではないということかな?』

紫電帝
「……はい。爆発が起こった工場は生産ラインにも大きな打撃を受けたとのことです。復旧までには相当な時間を要するでしょう」
 職員は神妙な面持ちで答える。
 フィッシャー社にも紫電重工にも関連性のない企業の工場だったとのことだが、断じて安心できる状態ではない。何故ならそれらの工場にも、件の蜘蛛型のナイトメアが侵入している可能性が極めて高いからである。
「どう見る、若造」
『同じことを思っているだろうに。あの女性――ラディスラヴァ・ベチュカの狙いはこれか』
 返ってきたレイの言葉に、帝も「あぁ」と肯く。
 ナイトメアには短時間、透明化出来る個体も確認されているという。それらから推察できることは。
「潜入するにしろ、ただの蜘蛛にしてはでかい。透明化しても誤魔化せないかもしれない。そこであの女が工場員の目を欺くためにあんな行動に出たってことか」
 一見すれば単純な話だが、その実現の為の方策はよくリスクを減らしたものである。
 ラディスラヴァは蠱惑的な容姿をしている一方で、それを使って職員を誘惑しようなどという素振りは一切見せなかった。誘惑は成功すれば効果的だが、失敗するとかえって怪しまれるからだ。
 じゃらじゃらとアクセサリーこそつけていたが、あくまで善良な一営業の体を崩さずに応対を行っていたのである。勿論悪意はあったはずだが、それを見通せないほどに。
「あの女はナイトメアだ。それも、こんな作戦を企ててくるような奴」
「……エルゴマンサーの可能性もありますな」
 エディウスの言葉に、帝は思い切り舌打ちした。
 すると、沈黙していた職員が「あの」おずおずと口を開いた。
「まだ重大な報告があります。一つは、ちょっと刺激を与えるだけで爆発を起こしてしまう為、現状は放置する以外に爆発を防ぐ手段はないことです」
「……だろうな。で、まだあるのか?」
「はい。……一旦は沈静化していた名古屋市街でのナイトメアの活動が、再度活発化しています。その中に」
 職員はそこで言葉を切り、つばを飲み込んだ。

「その中に、工場に潜入した蜘蛛の親玉と思われる大型、蜘蛛型のナイトメアがいたそうです」


ボマー

 そのナイトメアは今の自分の姿が嫌いだった。
 エルゴマンサーとして高い知性を持っていて、何故八本脚の『イキモノ』の体を持たなければいけないのか。
 本来は、別の体を捕食してそちらの姿を擬態したい。
 だが、『彼』の能力を用いるには、今の姿形――所謂『蜘蛛』であることが、もっとも都合がいいのも分かっていた。
 だったらせめてあまり他者の前で姿を見せたくない。そのためにも、彼の能力は実に都合が良かった。
 周りが爆発していれば、黒煙に紛れて自身の姿が捉えられることなどない。
『ラディスラヴァ、撤退は済んだか?』

ラディスラヴァ
『えぇもちろん。今は愛しのマイ・インソムニアへと悠々と帰らせてもらってるわ。私の今回の役割はここまでだしね』
 SALFによって便宜上ボマーと名付けられたそのナイトメアは、相変わらずのノイズ混じりの音声でラディスラヴァ・ベチュカと通信を行う。今度はラディスラヴァの声もノイズ混じりなのは、言が示すとおり彼女はもう日本国内にいない為だ。
『あとは工業地帯にはナイトメアが押し寄せて子蜘蛛をけしかけるでしょうし、市街地もあなたがドッカンってやってしまえば、人間たちも暫くはおとなしくなる。ここまでを見てるとそのまま従順にはならないでしょうけどね』
『その時はその時で、あの方は既にこちらに向かってきているのだろう?』
 そう尋ねると、ラディスラヴァのテンションが上がったのが通信越しでも分かった。
『ええ、私と入れ違いにね。よくやったって褒めてもらったわ。勿論あなたにも期待してるそうよ』
『そうか』
 嬉しそうに話すラディスラヴァと対照的に、ボマーは淡々と思考を言葉にする。
『抵抗する気をなくしたモノたちの中に、いい素体がいればいいんだがな』
『もー。まだそんなこと考えてるの? そのフォルムだっていいじゃない』
『その感性は理解しかねるな。……さて、そろそろ準備するぞ』
『はーい。名古屋を灰にするの、頑張ってね』

 頑張るも何も、とラディスラヴァとの通信が切れた後にボマーは思考する。
 布石は既に一つ打っている。工場なら触らずに済む子蜘蛛が、市街地にもいたら人間はどういう反応をするだろうか。勿論、他のナイトメアも居る中で、だ。
 それに、他にもまだやることがある。
 ボマーは巨体に似合わぬ俊敏さで動き始め、間もなく姿を消した。

●resistance
「ボマーが何故名古屋にいるか、というと、街を更地にしようと考えているくらいのことしか分からねえが……」
「それだけわかれば充分です。危機ではありますが、裏返せばチャンスでもある」
 エディウスはそう指摘する。
「親玉であるなら、生み出したものの処分方法を知っているはずです」
『そう簡単に教えてくれるだろうか』
「まぁ、うまくやらないといけないでしょうな。だが、これしか道がないとも言えます」
 そう語るエディウスの瞳には強い意思が宿っていた。SALF長官として、名古屋の街と工業地帯を護るためには躊躇ってはいられない。
 執務机のマイク越しに、グロリアスベース中に自身の決意を告げた。

「SALF全職員及びグロリアスベース内の全てのライセンサーに通達。現在動かせる全ての戦力を、名古屋に向かわせる」
執筆
津山佑弥
文責
株式会社フロンティアワークス


 それは、名古屋市内へのナイトメアの侵攻が始まるほんの少しだけ前の話だった。

 工業地帯の中に聳える、紫電重工の工場群。
 日本に本社を置くだけあり、敷地面積は世界一のメガコーポを自負するフィッシャー社にも引けを取らないものがあった。
 当然、従業員も多い。作業工程は機械による自動化が進んでいるとはいえ、ことEXISやアサルトコアの製造に至っては、イマジナリードライブという『人』あっての原動力を扱う為、機械任せにするのは危険という定説があるのだ。

「失礼致しますわ」
 その女性が工場の一角にある事務室に現れたのは、まさしく突然のことであった。
 なんというか、派手めな出で立ちである。オフィススーツはバッチリと着こなしているが、首元や手首などにはアクセサリーをじゃらじゃらとさせている。鮮やかなブロンドヘアも相まって、着ている服さえ違えば映画女優にもなりえそうだった。
「日本国内では屈指の実力を誇る御社に、我が社で製造したパーツを売り込むには、これくらい大胆に行かないといけないと思いまして」
 アポイントメントも取らずに訪問した理由を、自らの見た目も併せてそう説明する。
 受付が半ば呆れかけ、お引取り願おうかと思ったタイミングで、女性はここぞとばかりに名刺を差し出した。
『株式会社ディファイアンスコーポレーション 国際営業二課 ラディスラヴァ・ベチュカ』
 その法人名には、受付も見覚えがある。
 まだメガコーポには名を連ねてはいないが、ここ数年になって急激に世界各国に自社製品を売り込み始めている企業である。
 てっきりフィッシャー社と同じように何から何まで自社ブランドで、と思っていたのだが、こうしてメガコーポに売り込みに来る体質もまだあるらしい。
 もっとどこの馬の骨とも知らぬ企業ならお引取り願ったところだが、どうもそうもいかなくなった。
 たとえばここで追い払ったとして、他のメガコーポと手を組んだという話になれば、いずれ自分や上司の責任問題になるかもしれないからだ。
 判断するならもっと上の立場の人間に任せた方がいい。
「……ただいま営業担当の者をお呼びします。そちらに応接室がありますのでご案内致します」
 受付はそう言って立ち上がり、女性を応接室へと招き入れた。


 そして現在、SALFの長官室。
 一連のやり取りをかわした防犯カメラの映像を、エディウス・ベルナーと紫電帝、それからモニター越しにレイ・フィッシャーが眺めていた。
『ミスター紫電、このレディが怪しいと言っていたな? その理由をお訊きしたいのだが』
 レイが尋ねる。
 唐突な名古屋への襲撃。その被害は最初こそ市街地が中心だったものの、そのうちに工業地帯を狙い撃ちされるようになっていた。
 東京のときよりも標的が明確にされていることにも、なにか根拠があるはずだ。そこで帝が思い至ったのがこの女性――ラディスラヴァ・ベチュカの存在なのである。
「俺はグロリアスベースに来る前、この工場に視察に行っていた」
「……会ったというのですか、この女性と」
「直接じゃねえがな。俺は現場を見ていたし、どうしても話したいというから内線電話でやり取りをしたくらいだ」
 驚きに目を見開くエディウスに、帝はそう答えた。
『して、どんなことを話したのだ?』
「簡単な話だ。自社のパーツを売り込みつつ、最終的には業務提携を持ちかけようとしていたらしい。日本国内からフィッシャー社を追い出す為に、とな」
『ほほう。それはまた』
「余裕そうだな若造」
『どうせその様子なら断ったのだろう?』
 問われ、帝はふん、と鼻を鳴らした。
「ああそうだ。言ってやったよ。
 好き好んで仲良しこよしはしねえが、だからといってフィッシャー社を目の敵にしているわけでもねえ。
 お互いに自分たちのやり方ってもんがあり、それを否定しねえからこそそこの工業地帯でのアサルトコア製造は成り立ってんだってな」
 商業的対立はあれど、ことライセンサー向け製品に関しては『地球を護る為』という共有すべき第一目標があるのだ。
 同じ工業地帯の中でまでシェアを奪い合うのは馬鹿らしいし、そんなことをするくらいなら最初から日本に地の利がある紫電重工はフィッシャー社の侵入を許さなかっただろう。
「で、それ以外にもいろいろあってこの女の売り込みは失敗した。
 ……聴いた話じゃ、その後フィッシャーにも行ったらしい。それこそ応接室に招かれることもなく断られたそうだが」
 帝が言うと、『む』珍しくレイが難しい顔をした。
『そのニュースは上がってきていないな。一次対応で終わったからだろうか』
「だろうな。だが、ずいぶん粘ったらしい」
「……メガコーポの生産工場を回った女性、そしてその直後の襲撃。それが単なる偶然とは思えない、というわけですな?」
「そういうこった。企業名は本当のものにしろあの女の素性は怪しい。なんかあるんじゃねえか」
 帝の懸念を受け、エディウスは少し顎に手を当て考えてから徐に口を開いた。
「他の工場にも至急連絡を取り、彼女が訪れた工場にあたりをつけましょう。何か統一性、もしくは訪れた狙いがあるはずです」


「首尾はどう?」
『……失敗すると思うか?』
 女性の問いに返ってきた返事は、僅かなノイズ混じりのものだった。
 別に相手が遠くにいるわけではない。本来は『会話する』という術を持たない相手との意思疎通手段を確保する為に、そういう『機能』が後付で搭載された故のノイズだ。
 もっとも、機械的なノイズというよりは虫の羽ばたきに近い。
 何故なら『彼』――生物学的な性別があるかは本人を含む誰もが知らない為、便宜上そう呼称する――はナイトメアなのだから。
『しかし、なかなかに滑稽な光景だったな。そういう商売でもやっていたのか?』
「冗談言わないで。『餌』相手に媚びを売るなんて、それこそ人間だってしないでしょ?」
 女性――ラディスラヴァ・ベチュカはそこまで言って一度舌なめずりをした。姿の見えない相手は、ただどこからかそれを見ている。
「さぁて、下拵えは出来たし、パーティーの時間までゆっくり見物でもしてようかしらね」
執筆
津山佑弥
文責
株式会社フロンティアワークス


フォン・ヘス
●Raid
「なかなかに壮観ではないか」
 モニターに映る大都市を見つめながら、エルゴマンサーの一人、フォン・ヘスは嗤う。
 ビル群が立ち並ぶ都市部、その向こうには、多くの巨大な工場が立ち並んでいるのが見える。
 あのうちのいくつかは、ナイトメアにとっては劣等種――とフォン・ヘスは信じて疑わない種である人類が、自分たちに対抗する為の兵器を生産しているものだという。
 ライセンサーが自身の体で戦う為の兵装なら、気に留める必要もない。
 しかしながら件の工場地帯では、アサルトコアとかいうライセンサー用の巨大兵器を開発製造しているのだという。
 それは少しいただけない。彼にとっては些細な抵抗と呼べるものではあったが、過去には大型のナイトメアとの戦闘に勝利したということもある。
 一時期はあまり見なくなっていたが……その辺りの事情は特に気にしなくてもいいだろう、とフォン・ヘスは思う。
 大事なのは今この時、抵抗の芽を摘み、人類にはより従順に『糧』となってもらうための礎を積み上げることだ。

 無音のモニターの一角で、一棟の高層ビルが不自然に傾いた。

 彼が「壮観」と評したのは決して光景そのものを指し示したわけではなく――。
 この光景を一帯の更地に変えた時に人類に浮かぶであろう、絶望の表情。それを想像するだけで漏れ出た感想だった。

 アサルトコアが出てこないのであれば、それがいないと抵抗できない戦力で蹂躙するまでなのだ。


エディウス・ベルナー
●Exclusion
「今度は名古屋だと……!?」
 SALF長官・エディウス・ベルナーは第一報を受けると即座に顔を強張らせて椅子から腰を浮かせたが、すぐに平静を取り戻そうと再び椅子に深く腰掛けた。
「東京の状況もやっと落ち着きつつあるというのにな……いや、だからこそか」
 夏の襲来以降、日本にある支部には関東近辺のナイトメアの動きにより注意するように告げていた。最小限に留められたとはいえ、復興作業は必要な被害だった。そこに追い打ちをかけられては堪らなかったからだ。
 それにより逆に関東以外への警戒が薄れてしまった故の突然の報せ、なのかもしれない。
 さしあたってどう動くか。考えようとしたその矢先、執務机の上のモニターが映像通話の着信を知らせるベルを鳴らした。
 発信者は――『レイ・フィッシャー』。
 世界最大のメガコーポレーション、フィッシャー社のCEOである。
 

レイ・フィッシャー

『元気そうで何よりだ、長官』
 緊迫状態が始まったばかり故あながち間違いでもないのだが、レイの挑戦的な笑みも相俟ってか若干の皮肉をエディウスは感じた。
「今はな……。ところで、何の用もなく連絡を寄越したわけではないだろう?」
 問うと、レイは「もちろんだ」と、表情を少しだけ険しくしながら答える。
『我が社の社員からも報告が上がっている。ナゴヤに大型のナイトメアが現れたのだろう?
 あの都市を攻撃されるのは、我が社も……まぁ他の企業もだが、あまり看過は出来ないからな』
 名古屋を含む一帯の工業地帯は、今や複数のメガコーポの生産工場を抱えている。
 そこを蹂躙されようものなら経営的に打撃を受けるのは、フィッシャー社とて例外ではない。
『だがグッドニュースもある』
 しかし言葉を続けるレイの口端には、先程までの笑みがまた浮かんでいた。
『アサルトコアの生産ペースも向上し、ここにきてライセンサーの増加に追いついた。今やライセンサーに充分な数のアサルトコアをプロバイドできる』
「それはフィッシャー社だけでか?」
『イエス。勿論、他の企業のアサルトコアと合わせればライセンサー一人に一機、というのももう可能になっただろう』
 急激なライセンサーの増加は、一時的にアサルトコアの供給不足を招いていた。その解決に目処が立ったというのだ。
「それが継続できるかどうかも、今の状況を乗り切れるかにかかっているというわけだな」
『そうなる。こうなるとあとは長官の判断次第、というわけだ』
 レイに言われるまでもない。決断の言葉を口にしようとした、その時である。
「話は聞かせてもらったぞ」
 執務室のドアが開くと、その向こうから数人の男性が現れた。
 先頭に立つのは、作業着に身を包んだ老年の男性である。その姿に、エディウスは目を見開き、レイは「ほう」と感嘆の声を上げる。
「紫電社長、どうしてここに」
『大方、私と同じ理由で直接話をつけにきたのだろう? ミスター紫電』
 老年男性の名は紫電帝。日本が誇るメガコーポ、紫電重工の代表である。
 代表となった今でも現場のことは一切疎かにせず、視察に赴いた時には自ら社員に檄を飛ばしたりもするのだという。普段から作業着を着ているのはそのこだわりの一環でもあるらしい。齢は七十を過ぎているはずだが、まだまだ必要に応じて世界を駆け回るほどには元気である。
「理解ってんじゃねえか、若造」
 レイの映るモニターを見て、帝は鼻を鳴らす。若造呼ばわりされたレイは苦笑した。
『私ももう四十を超えているのだが、いつまでそのニックネームなのか』
「うるせえ。俺にとっちゃ若造は若造なんだよ。それより本題だ」
 帝はエディウスに向き直って、執務机を叩いた。
「把握はしてると思うが、名古屋があんなことになって一番被害がデカいのはフィッシャー社とうちだろう。
 そいつぁ見過ごせねえ。必要ならうちで開発したばっかりの兵装だってくれてやるから、さっさとライセンサーを現地に派遣しろ」
 東京、そして名古屋。
 口にはしなかったが、続けざまに日本が狙われたことに帝は思うところがあるのだろう。
 そう思い至ったエディウスは、
「……分かりました。早急にSALF全体に指示を出します」
 力強く肯き、すぐにグロリアスベースのSALF関連施設全体へと通達を出した。

『至急、ライセンサーは名古屋へ。
 アサルトコアの供給を確保し今後へとつなげる為、名古屋の街と工業地帯を死守せよ』
 ――と。
執筆
津山佑弥
文責
株式会社フロンティアワークス