フォン・ヘス
●Raid
「なかなかに壮観ではないか」
モニターに映る大都市を見つめながら、エルゴマンサーの一人、フォン・ヘスは嗤う。
ビル群が立ち並ぶ都市部、その向こうには、多くの巨大な工場が立ち並んでいるのが見える。
あのうちのいくつかは、ナイトメアにとっては劣等種――とフォン・ヘスは信じて疑わない種である人類が、自分たちに対抗する為の兵器を生産しているものだという。
ライセンサーが自身の体で戦う為の兵装なら、気に留める必要もない。
しかしながら件の工場地帯では、アサルトコアとかいうライセンサー用の巨大兵器を開発製造しているのだという。
それは少しいただけない。彼にとっては些細な抵抗と呼べるものではあったが、過去には大型のナイトメアとの戦闘に勝利したということもある。
一時期はあまり見なくなっていたが……その辺りの事情は特に気にしなくてもいいだろう、とフォン・ヘスは思う。
大事なのは今この時、抵抗の芽を摘み、人類にはより従順に『糧』となってもらうための礎を積み上げることだ。
無音のモニターの一角で、一棟の高層ビルが不自然に傾いた。
彼が「壮観」と評したのは決して光景そのものを指し示したわけではなく――。
この光景を一帯の更地に変えた時に人類に浮かぶであろう、絶望の表情。それを想像するだけで漏れ出た感想だった。
アサルトコアが出てこないのであれば、それがいないと抵抗できない戦力で蹂躙するまでなのだ。
エディウス・ベルナー
●Exclusion
「今度は名古屋だと……!?」
SALF長官・エディウス・ベルナーは第一報を受けると即座に顔を強張らせて椅子から腰を浮かせたが、すぐに平静を取り戻そうと再び椅子に深く腰掛けた。
「東京の状況もやっと落ち着きつつあるというのにな……いや、だからこそか」
夏の襲来以降、日本にある支部には関東近辺のナイトメアの動きにより注意するように告げていた。最小限に留められたとはいえ、復興作業は必要な被害だった。そこに追い打ちをかけられては堪らなかったからだ。
それにより逆に関東以外への警戒が薄れてしまった故の突然の報せ、なのかもしれない。
さしあたってどう動くか。考えようとしたその矢先、執務机の上のモニターが映像通話の着信を知らせるベルを鳴らした。
発信者は――『レイ・フィッシャー』。
世界最大のメガコーポレーション、フィッシャー社のCEOである。
レイ・フィッシャー
『元気そうで何よりだ、長官』
緊迫状態が始まったばかり故あながち間違いでもないのだが、レイの挑戦的な笑みも相俟ってか若干の皮肉をエディウスは感じた。
「今はな……。ところで、何の用もなく連絡を寄越したわけではないだろう?」
問うと、レイは「もちろんだ」と、表情を少しだけ険しくしながら答える。
『我が社の社員からも報告が上がっている。ナゴヤに大型のナイトメアが現れたのだろう?
あの都市を攻撃されるのは、我が社も……まぁ他の企業もだが、あまり看過は出来ないからな』
名古屋を含む一帯の工業地帯は、今や複数のメガコーポの生産工場を抱えている。
そこを蹂躙されようものなら経営的に打撃を受けるのは、フィッシャー社とて例外ではない。
『だがグッドニュースもある』
しかし言葉を続けるレイの口端には、先程までの笑みがまた浮かんでいた。
『アサルトコアの生産ペースも向上し、ここにきてライセンサーの増加に追いついた。今やライセンサーに充分な数のアサルトコアをプロバイドできる』
「それはフィッシャー社だけでか?」
『イエス。勿論、他の企業のアサルトコアと合わせればライセンサー一人に一機、というのももう可能になっただろう』
急激なライセンサーの増加は、一時的にアサルトコアの供給不足を招いていた。その解決に目処が立ったというのだ。
「それが継続できるかどうかも、今の状況を乗り切れるかにかかっているというわけだな」
『そうなる。こうなるとあとは長官の判断次第、というわけだ』
レイに言われるまでもない。決断の言葉を口にしようとした、その時である。
「話は聞かせてもらったぞ」
執務室のドアが開くと、その向こうから数人の男性が現れた。
先頭に立つのは、作業着に身を包んだ老年の男性である。その姿に、エディウスは目を見開き、レイは「ほう」と感嘆の声を上げる。
「紫電社長、どうしてここに」
『大方、私と同じ理由で直接話をつけにきたのだろう? ミスター紫電』
老年男性の名は紫電帝。日本が誇るメガコーポ、紫電重工の代表である。
代表となった今でも現場のことは一切疎かにせず、視察に赴いた時には自ら社員に檄を飛ばしたりもするのだという。普段から作業着を着ているのはそのこだわりの一環でもあるらしい。齢は七十を過ぎているはずだが、まだまだ必要に応じて世界を駆け回るほどには元気である。
「理解ってんじゃねえか、若造」
レイの映るモニターを見て、帝は鼻を鳴らす。若造呼ばわりされたレイは苦笑した。
『私ももう四十を超えているのだが、いつまでそのニックネームなのか』
「うるせえ。俺にとっちゃ若造は若造なんだよ。それより本題だ」
帝はエディウスに向き直って、執務机を叩いた。
「把握はしてると思うが、名古屋があんなことになって一番被害がデカいのはフィッシャー社とうちだろう。
そいつぁ見過ごせねえ。必要ならうちで開発したばっかりの兵装だってくれてやるから、さっさとライセンサーを現地に派遣しろ」
東京、そして名古屋。
口にはしなかったが、続けざまに日本が狙われたことに帝は思うところがあるのだろう。
そう思い至ったエディウスは、
「……分かりました。早急にSALF全体に指示を出します」
力強く肯き、すぐにグロリアスベースのSALF関連施設全体へと通達を出した。
『至急、ライセンサーは名古屋へ。
アサルトコアの供給を確保し今後へとつなげる為、名古屋の街と工業地帯を死守せよ』
――と。
- 執筆
- 津山佑弥
- 文責
- 株式会社フロンティアワークス