オープニング詳細|WTRPG11 グロリアスドライヴ
  1. グロリアスドライヴ

  2. SALF本部

ガンマ

形態
ショート
難易度
普通
価格
1500(EX)
ジャンル
バトル 
参加人数
83~8人
予約人数
10010100
基本報酬
200000G
200SP
2000EXP
おまけ報酬
20000G
相談期間
4
締切
2020/03/04 20:00
完成予定
2020/03/19 20:00
機体使用
-
関連シナリオ
-

●一刺しの救済 01
 今日も家が真っ暗だ。
 居間で父親が、テレビを点けっぱなしにしていびきをかいている気配がする。
 ありふれたワイドショーは、自称専門家を寄せ集めて口論させる騒音を爆音で垂れ流す。
 白熱する大声に少女は身をすくませた。
 怒鳴り声。罵り声。ネチネチと終わらない嫌味。それらが少女の頭の中にリフレインする。
 涙を噛み殺し、少女は痣だらけの腕で頭を抱えた。

 ソファーの上で眠っている『父親』は、少女と血の繋がりはない。本当の父親と別れた母親が連れてきた男だった。
 少女にとってその男は――怪物だった。殴ったり、怒鳴ったり、蹴ったり、煙草の火を押し付けてくるから。あれが人間であるものか。あれは怪物なんだ。恐ろしい怪物だから、酷いことをしてくるんだ。

 だけど、きっと大丈夫。
 怪物の行く末を、少女は童話で知っている。
 悪い怪物はいつか、殺されるのだ。
 だから。だからきっと。いつかきっと。
 あの『怪物』は、いなくなる。
 そうすればきっと……幸せになれる。

 少女はそんなメソッドで、どうにか正気を保っていた。

 ――テレビの音が変わる。ワイドショーが次の場面に移ったらしい。
 音声はSALFライセンサーの活躍を伝えていた。
 ライセンサー。ナイトメアという怪物を倒してくれる、守ってくれる、凄いヒーロー。正義の味方。
 少女は見たことのないヒーローに思いを馳せる。

 ――もし『父親』がナイトメアという怪物だったなら。
 ライセンサーは、助けてくれるのだろうか?


●一刺しの救済 02
「父をナイトメアにしてください」
 ジンルイ、キュウサイ、セイフ。それがどんな字を書くのか、少女は知らない。
 けれど、『天の灯火』と名乗った彼らが、少女の願いを快諾してくれたことは事実。
「この箱を父親に渡しなさい」
 受け取ったのは白い箱。小さな箱だった。
「途中で開けてはいけませんよ」
「もしも居場所がなくなったなら、黄金の霧の地へおいで」
「貴方に幸せがありますように」

 ――少女は駆ける。昼下がり。
 今の時間なら母親は仕事でいない。
 あの家には『怪物』だけ。
 酒臭いリビング。ソファーでいびきをかいて眠っている怪物。
 ワイドショー。SALFライセンサーの特集。
 テレビいっぱいに映るヒーローの笑顔を見ながら――
 少女は箱を開けた。

 そこに希望があると信じて。


●救済の一刺し
「もしもし……もしもし、SALFですか」
 昼下がり、SALFにかかってきた電話。少女は息も絶え絶えな声で、それでも、嬉しそうに、オペレーターへこう言った。

「ナイトメアが出たんです。お願いです。ナイトメアを、殺して、下さい――」

 ずるり。
 勝手に使った父親のスマホが、少女の手からこぼれ落ちた。
 同時に少女も、自らの血沼に沈む。
 血の付いたスマホからは、「もしもし?」とオペレーターの声がしきりに繰り返されていた。
 少女は霞んでいく目を細める。

 大丈夫。
 もうすぐヒーローが来てくれる。
 かっこよくて、強いヒーロー。
 困ってる人を助けてくれるヒーロー。
 正義の味方。ハッピーエンドの使者。

 ああ。
 これでやっと。
 やっと地獄が終わる。
 明日は良い日になる。
 明日から幸せな日が来る。

 やっと、やっと、これで、ついに、救われるんだ――。
 

※『●一刺しの救済 01、02』はPL情報

●目標
ナイトメアの討伐

●登場
ナイトメア『使徒:強化型』
 ある程度の時間を活動すれば、肉体が負荷に耐え切れず自壊してしまうが、その代価として非常に強い力を得た個体。
 2mは超える、膨れ上がった巨体。肥大した腕状器官には骨めいたトゲが林立する。
 物理攻撃に特に優れる。回避は低いが、代わりに防御行動を選択する。カット値は侮れない。
・パージ
 パッシブ。バッドステータスが付与された際、即座に生命を2d6消費してそれを回復する。
・不定形
 パッシブ。部位がないので部位狙い無効、弱点部位なし、死角なし、コアなし。
・暴力の化身
 パッシブ。毎ターン、物理攻撃と白兵命中が累積上昇していく。
・心砕く怒鳴
 アクション直前。自身を周囲に「範囲(3)」。命中回避の対決及びダメージは発生しない。範囲内の全対象に目標11の『抵抗』による判定を行わせ、失敗した場合に【回避低下(10)】を強制付与。

一般人の少女
 存在については「通報者と音信不通」「通報地点付近にいるかも」「負傷可能性」という情報のみ。
PL情報/
 腹部に深い刺し傷。肉体の損傷なので「シールドを修復するスキル」で回復できない。
 リプレイ開始時、自宅の1階居間に倒れている。
 アプローチで生存の可能性。救急車は使徒を討伐しない限り登場不可。
 生存した場合、上記PL情報を開示できる可能性。
/PL情報

●状況
 某所某町、住宅街。日中、快晴。
 少女の家の窓を破った使徒が道路に降り立って、そこにPCが遭遇したところからリプレイ開始。
 一般人の避難誘導は別働隊が行うので、PCは戦闘専念可能。戦場に一般人が紛れこむことはない。
 使徒は物的損害を度外視して暴れ回る。周辺の被害が少ないほど良い。

※『天の灯火』?
ガンマ作『【DG/堕天】燃やせ天に届くよう』参照。読まなくても問題なし。
リプレイには登場しない。

 こんにちはガンマです。
 願いには犠牲がつきものなのでしょうか。
 幸も不幸も針先次第。
 よろしくお願い申し上げます。

  • 凪の果てへと歩むもの
    常陸 祭莉la0023
    人間19才|ネメシスフォース×セイント

■心情
「勝手に、崩れてる…みたい、だけど…弱ってるように、見えない…
「一体だけ、とはいえ…しぶといのは、面倒…。通報者、いる…のに…
■行動
可能であれば事前に救急車を来れるギリギリの範囲に待機してもらう
敵から距離を取り後方から攻撃と支援し早期撃破目指す
敵の射程内に入らないように接近されたら建物を背にせず前衛と衝突して邪魔しないように移動して再度距離を取る
可能なら戦場は幅の広い通路になるよう移動
攻撃して注意を引けるなら前衛の後ろから攻撃して前衛に向くようにする
敵が逃げるなら追いかけ可能なら塀の上を登り回り込む

範囲攻撃は敵だけを対象にするよう識別
死霊沼で攻撃しつつパッシブを誘発し削る
使い切れば白、7番で攻撃
カットされて効きが悪ければアシッドチャージでパッシブ誘発を図る
前衛の生命力が半分以下で八卦装備しハイヒール
ただし攻撃を優先するため回復の手が足りなくなった時に使用
攻撃スキル残0→セレブロ装備し通常攻撃

戦闘終了後少女の家を捜索
生きていれば少女の証言と合わせ他の住人の痕跡、不審物を見つけ事情を解明
少女から話を聞く時は責めたり刺激はしない

  • 竜殺し
    七瀬 葵la0069
    放浪者14才|ネメシスフォース×セイント

※アドリブ、台詞作成ご自由に

■心情
通報者の救助活動やお話は他の人に任せて、お仕事であるナイトメア退治に専念
他人の事情に関してはTVニュースで被害者を見た程度の「ふーん、かわいそうだね」レベルで大して興味も関心も無い
ナイトメア退治は生活を維持する為で、それ以上でも以下でもない。熱血とは無縁
「……ん、帰りに高級プリン買おう」
「……じゃ、アレの退治に、専念。通報者は、任せる、ね」

■基本
3スクエア(15m)離れた地点を前線として、相手の接近に合わせ後退しながら攻撃
家屋の被害を抑える為、極力背後に建物を置かない
「むきむき、まっちょ?」
「……ん、接近戦、必要無い」

■戦闘
【アシッドキャノン】を連射
単純なダメージと強制的にBSを与える事でパージを使用させる
【アシッドキャノン】使用回数が尽きたら【死霊沼】を使用。その後はダメージを与える事を優先し、スキル攻撃
「……ん、物理は知覚に弱い、場合が、多い」
「急いで、倒した方が、いい感じ」(一撃でシールドがかなり削られた場合)

基本は【受け】ただし、敵の命中が余程低く回避の目が7割を超える場合は回避を選択
【受け】を容易にする為、大鎌をバトンのように正面でクルクル回す
「……ん、意外と耐久力は、ある方」

微量回復の【審判の雨雫】は前線のPCのシールド残量が100を切ったら使用
「……ん、焼け石に、水?」

【心情】
通報してくれた人は大丈夫かな……
【行動】
敵から三マスラインを前線とする
基本方針:敵から常にニマス程度の距離を維持、回避妨害の術はあきらめて受ける
その際出来れば槍を立ててカットを狙う
味方射線上に被らないよう移動しながら張り付き、戦域が広がらない且つ出てきた家には救助者が居るとみてそちらに行かないようにする
・スキル
攻撃
ディープフォースで継続ダメージ付与狙
その他敵が離れれば移動攻撃を使用して移動しながら攻撃
回復
生命六割以下時審判の雨雫攻撃しながら
前線味方生命六割以下時神恵の雨雫使用

戦闘後
家に何かあるとにらんで飛び出してきた家に人が居なければ捜索する

……使徒、でしょうか。


前衛担当
周辺被害抑えるべく、極力同じ場所に留まらせる
その為己に意識割かせることを第一に
敵視界内で動き回り、また鈴を身につけておく
敵が手当たり次第に暴れるこの状態では、『視界内の小蠅』のみでは不足かと
戦闘音もありますから効果は多少下がりましょうが
これは接近しており、鈴のような高い音は耳にも留まり易かろうと
及び切り付けた際の感触また痛みで此方の位置認識させる

序盤、敵命中の推量
武具 小太刀にて通常攻撃
足止め使用時のみ射程に合わせオートマチック>狙撃銃
足止めは前半に使い切り
移動妨害付与し、意図的にパージ使用させる
飛雀は後半から優先
不定形の為、少し広めに捉えた上で腕状器官のトゲに注意を払う
全力移動は、通常移動で足りぬ場合に

少女には此方から接触する予定なく
天の灯火のワード出れば経緯精査したいところだが
いずれにせよ彼女が回復してからになるだろうと
ただ、彼女の身寄りは確認を

  • ちょっとだけ現実主義
    桐生 柊也la0503
    人間15才|セイント×スナイパー

目撃して負傷している筈の通報者が見当たらないと言うことは多分出てきたあの家の中
周囲の住民は避難してるとは言っても家が壊れたら路頭に迷う事になるよなぁ…
住宅に被害を出さない為には道路から脇にいかないようにしないと
多分何か知ってるだろうから通報者も保護したいし
それにあの敵は純粋なナイトメアという気がしないんだけど…以前に見た使徒と同じ感じ

防御が堅くても急所がなくても手数はこっちが多いし
誰も倒れず攻撃し続ければ雨垂れ石を穿つ、と言うじゃないか
道路上の敵から4マス以上距離を取った状態からポイントショットで銃撃
此方、特に近接組の誰かのダメージが大きい又は複数なら盾に持ち替えて防御を上げ天佑の雨雫
天佑を使い切るか少しでも敵へのダメージ累積が多い方が良い・
敵の注意を前衛から逸らす事が必要と言った状況なら審判の雨雫を使用

少女の保護にも成功した場合
被害や罪状のことは言わずに少し話が出来るかなという感じに声を掛け
承知してくれたらお礼として持っていた菓子を渡す
あの怪物のこと、何か知ってる?知ってる事があったら教えて欲しいな
此方の考えを押しつけたり促したり、殊更同情するような事は言わない
ナイトメアに付けられた傷以外の物があるところから概ね察しは付くけど
あくまで聞き役に徹し
「ありがとう。いつか又、このお礼をさせて貰えたら嬉しいな」
おそらく少女は多くの悪意や困難に晒されるだろう
天の灯火が黙っているとは思えないし
か細くてもその時に掴める蜘蛛の糸を残しておきたい
出来れば然るべき筋に保護して貰えるように申し出たい

【心情】
こんな住宅地で発生するとは…。
【目的】
敵の迅速な制圧
【準備】
さらしをバラクラバ代わりに顔に巻き付け、ゴーグルで目元を隠す
【行動】
友軍と集中攻撃を行い、迅速な制圧を目指す
友軍との通信は密に行って情報共有、特に少女救出班と状況を共有する

接敵時、友軍後方に陣取ってライフルで足止めと心射撃を使用して攻撃。リロード時は高速装填を使用する
全スキルを使いきるまで畳み込む

スキルを使いきったら、通常攻撃へ移行
敵の攻撃を阻害するように射撃する
自身含めて友軍が危機的状況に陥った場合はSMGに持ち変えて弾幕を張る

敵に接近されそうな場合は、即座に後方へ離脱。敵射程内には絶対に入らない

友軍誤射に注意しつつ、射撃する際は膝射の姿勢をとって命中率を高める
使用武器の射程ギリギリを常に維持し、敵の射程に入らない様に留意する

少女に対しては尋問等は行わず、救急車で搬送されるまで護衛を行う

こいつ…今まで戦った使徒とは違う。
別バリエーションが残っていたのか? あるいは、誰かが使徒に手を加えている?

できるだけ建物への被害を出さないよう、道路や広い場所の方へ動く。
俺は基本的に、敵から距離を取って最大射程で攻撃。
女性陣がたくましくて頼もしいねぇ。俺はあまり打たれ強くない軟弱者なんで、遠距離でチクチクと攻撃させてもらうとしようか。

死霊沼やアシッドキャノンで攻撃。
上手いことBS付与できて敵がパージすれば、実質追加ダメージみたいなもんだ。
その2つを使い切ったら凍り閉ざす銀で。
それも使い切ったら後はバスターライフルやゴーグルで攻撃。
タイミングが合うなら、味方と同時に攻撃してみる。

味方の生命には気を配っておき、誰かが危ない状況になったらハイヒールで回復。

(天の灯火…あいつら、一体の何のためにこんなことを…。あの使徒の実験か? それとも…この少女を引き入れてプロパガンダにでもするつもりか?)

  • 決意の証明
    Mei Lingla3134
    放浪者26才|グラップラー×スピリットウォーリア

今回、私の最優先事項は被害者の保護とします。


情報では、通報者と音信不通。
通報地点付近で負傷 と考えるなら、ナイトメアに襲われたと考えるべきでしょう。
今しがた家の窓から現れた個体…となれば、被害者は家の内部かと。
敵への対応は味方に任せ、通報者の捜索から。

負傷者への対応はまず負傷状態を確認…恐らく一番は腹部の刺し傷でしょう。
消毒・止血までを携行品の救急医療セットとさらしで。不足なら服飾からも。

通常なら負傷者は動かさないのが鉄則ですが…
●ひっきりなしに聞こえる怒声への反応
●負傷状態の確認で目に付く痣
以上から、心的外傷による容体悪化を懸念。
止血が問題なければ、負傷者の移送を決行します。

移送はナイトメアから距離を離す形で行い、可能なら住宅を接収(物損も自己責任として選択肢に)。
以後は治療に専念します。


状況に区切りがついても、基本は少女につきっきりで。
現場での様子から、怒声の類は聞きたくないでしょう。
皆様くれぐれも、お静かに願います。

当人の話が聞ければ、以下の点は情報となるでしょう。
・人類救済政府,『天の灯火』の存在
・少女がナイトメア発生の発端となった

私から彼女へ話すことは二つ。
・「私達を信じてくれてありがとう」
・ナイトメアがいようがいまいが、迷わず助けを求めてほしい(『食パンを食べきって』『お祭りを盛り上げて』にだって私達は対応してきたのです)

あとは以後の対策です。
現場で移送を決意した要因と本人の話から、父母の虐待・育児放棄は明白です。
親元からは離すべきかと。
それと、彼女が喜ぶこと―ぬいぐるみ、気に入ってくれるかな…?

●十字架の上に 01

 ガラスの割れる音がした。
 破片粒はキラキラと、3月の青い空に煌きを残す。
 そんな輝きとは対照的に、アスファルトへと降り立ったのは歪な怪物だった。

「……使徒、でしょうか」
 マクガフィン(la0428)の呟きは、この場にいる全てのライセンサーの疑問を代表していた。
「こんな住宅地で発生するとは……」
 レイヴ リンクス(la2313)は顔を覆う布とゴーグルの奥、静かに目を細める。
「こいつ……今まで戦った使徒とは違う」
 向けられる濃密な殺気に、詠代 静流(la2992)は身構えた。
(別バリエーションが残っていたのか? あるいは、誰かが使徒に手を加えている……?)
 それとも使徒も進化・成長しているのか。不可解な出来事は静流の心をさざめかせる。
「勝手に、崩れてる……みたい、だけど……弱ってるように、見えない……」
 常陸 祭莉(la0023)は、すぐそこの異形がただならぬ存在であると直感した。
 であるからこそ、クララ・グラディス(la0188)は不安を抱く。
「通報してくれた人は大丈夫かな……」
 その呟きに対し、桐生 柊也(la0503)は苦い顔で使徒が飛び出してきた家を見た。
「通報者は音信不通、負傷の可能性、だとしたら……多分、あの家の中か」
 なぜ町中に唐突に使徒が現れたのか、通報者は何か目撃しているかもしれない。そうだとしてもそうじゃないとしても、すぐそこで誰かが危険な状況であるならば、それを見捨てることはできない。

 祭莉の要請で、救急隊は戦域ギリギリの位置で待機してくれている。彼らの勇気にはライセンサーは敬意を払わねばならないだろう。同時にライセンサーは『戦域のギリギリに一般人を待機させていること』のリスクを重く受け止めねばならない。
 ライセンサーがもし使徒を取り逃がせば、一番近くにいる彼ら『救急隊=非ライセンサー』が間違いなく――『全員死ぬ』。救急隊はライセンサーが『必ず使徒を倒してくれる』ことを信じており、そのことを前提に行動している。彼らからの信頼があってこそ、この状況は成立しているのだ。

「……じゃ、アレの退治に、専念。通報者は、任せる、ね」
 諸々の対応は諸々に任せて。七瀬 葵(la0069)は大鎌「八咫烏」をくるりと回した。何かいろいろあるのかもしれないが、葵にとって今回の任務も、これまでの任務も、差というものはないのである。ナイトメアによるありふれた事件、その討伐任務。それ以上でも以下でもない。興味も関心もない。
「……ん、帰りに高級プリン買おう」
 葵にとって、ナイトメア退治とは生活を維持する為の『呼吸』である。

 ――ナイトメアへ向かっていくライセンサー達。
「よろしく頼みます」
 Mei Ling(la3134)はその背を見送り、使徒が現れた家へと早急に爪先を向けた。急がねばならなかった。どこかにいるのだろう、まだ見ぬ通報者を探して。



●十字架の上に 02
 誰よりも速く、真っ向から使徒へ間合いを詰めたのはマクガフィンだった。
 翻す袖より現れる刃の名は、小太刀「五月雨」。同時に――りん、と音が鳴る。それはマクガフィンが身に着けている鈴の音だった。
 蒼い瞬きと共に刃が揮われる。だがその切っ先は、使徒が防御に構えた腕に微かな引っ掻き傷を残すだけに終わった。回避行動の代わりの防御行動、その堅牢さは侮れないらしい。
 なれど、マクガフィンの役目はアタッカーではない。使徒の眼前、真正面、ステップを踏んで鈴を鳴らす。マクガフィンの仕事は標的の意識を引き付けることだ。
 使徒が手当たり次第に暴れては、周辺に被害が及ぶ。たとえオーダーである使徒討伐に成功したとしても、周りの家々が壊滅してはSALFの沽券に関わるだろう。ならばどうすべきか。標的をできるだけ同じ場所に留まらせるべきだ。
 その為の工夫をマクガフィンは突き詰めてきた。目の前にいる、鈴の音で気を引く。標的の知能が高くないことも幸いした。結果的に使徒は目の前のマクガフィンを狙い、怒声を張り上げながら凶器そのものである腕状器官を振り下ろす――それらはマクガフィンの耳に届かず、体に届かず。また鈴の音が、りんと鳴った。

 ――一気呵成に攻めるのみ。

「一体だけ、とはいえ……しぶといのは、面倒……。通報者、いる……のに……」
 祭莉は使徒から距離を取りつつ、想像の力を練り上げる。蒼く染まった指先で敵を示せば、具現化されし死霊の腕が歪な異形に縋りつく。使徒はそれらを自らの肉を切り離して振りほどいた。
 だが使徒が自らの一部をパージした途端に、同様の魔術が異形を襲う。静流による死霊沼である。
 複数の状態異常を引き起こす術は、それだけ使徒に多くの肉体切除を強いる。たとえ防御姿勢を取られようがお構いなしだ。
「女性陣がたくましくて頼もしいねぇ……俺は打たれ強くない軟弱者なんで、後ろからチクチク攻撃させてもらおうか」
 軽口を口ずさみつつも、静流の火力は本物だ。その背には悪魔の翼を思わせる幻影が、緩やかに羽ばたいていた。
 そのほど近くでは葵が、禍々しい大鎌を振り被る。
「むきむき、まっちょ? ……ん、接近戦、必要ない」
 怪鳥が羽ばたくように、得物は振り抜かれる。かくして放たれるのはアシッドキャノンだ。邪毒の弾丸は使徒の肉体を穿ち、蝕み、苛んだ部分を切り離させる。
「……ん、物理は知覚に弱い、場合が、多い」
 葵の言う通り、使徒は物理能力に優れているようだが、反面知覚能力に関しては尖っているとは言い難いようだ。特にライセンサー側のネメシスフォース3人は、ともすればそこいらの攻撃型アサルトコアよりも強烈な攻撃力を誇る知覚アタッカーだ。彼らの攻撃は間違いなく痛打となる。

 ならば、後はどれだけ彼らネメシスフォースらに安定して攻撃を連打させ続けるか。
 クララはマクガフィンと後衛の間に位置取る。『唇から出る色の帯』は白槍「コレオグラフ」の切っ先に渦巻き――少女が得物を力強く振り抜けば、色彩は矢となってナイトメアへと放たれた。
 息を吐く間も与えんと言わんばかり――クララの鮮やかな矢が霧散し残滓が舞う最中、遠方より二つの銃口が使徒を狙っていた。
 柊也はスナイパーライフルZW-1の、レイヴはST-1エクスプローラーの引き金を、それぞれ引く。ありふれた住宅街に似つかわしくない銃声が響く。弾速鋭い前者はその勢いのまま使徒を抉り、後者はパージ誘発のための毒弾となって使徒を強襲した。
 使徒が痛みを感じているのかは分からない。だが従来の使徒のように「痛い」と人間の真似をすることはなく、異形は人ならざる咆哮を上げながら、その巨腕を振り回した。振り回された使徒の腕は、住宅街の塀を、アスファルトを、抉って砕く。
 マクガフィンは最低限の動作でかわすも、クララは間近で浴びた怒声の圧力に眩み、凶器そのものの腕の直撃を受ける。槍で防御したので幾らか勢いは削げたが、少女の想像の盾がギシリと軋んだ。物理防御が不得手なライセンサーであれば、危険な一撃となっていただろう。
「ふ、」
 一歩飛び退き間合いを測りつつ、クララは油断なく敵を見据える。吐いた息は今一度、色彩となって槍の穂先へ。
「……固いね。避けられるよりはマシ、だけど」
 使徒の堅牢な装甲は生半可ではない。通報者のことを考えると長期戦にもつれ込みたくない――そんなライセンサーの心理を煽らんばかりに。
「けれど『無駄弾』にはなっていません。無駄でないのなら、繰り返すのみです」
 それこそが最も『効率的』だろう、とレイヴは高速装填を行いながら言う。
「誰も倒れなければ手数はこっちが多いしね。……まさに、『雨垂れ石を穿つ』というか」
 もしくは塵も積もれば山となるか。尤も、『塵』で済ませる気はないのだが。柊也もリロードを行いながら気を引きしめる。

 ――やることは先ほどと変わらない。

 マクガフィンが最前線にて使徒の気を引き、中衛クララと共に後衛へ突破されないように立ち回る。
 そして後衛の面子が、ありったけの火力を叩き込む。
 使徒の装甲は固いが、ライセンサーの攻撃は無駄ではない。叩きこまれた攻撃は確かに使徒の肉体を損傷させていく。

 後は、どれだけ早く・かつ周囲に被害を出さずに、この悪夢を仕留めるか。



●十字架の上に 03
 仲間に使徒を任せたメイリンは、怪物が現れた家に全力移動する。仲間達の尽力あって、メイリンが使徒に狙われたり追われたりすることはなかった。
 塀を飛び越え、庭を周り、使徒が割った窓から侵入を試みる。使徒がすぐ近くに居なければ「誰かいませんか」と声を張っていたところだが、あの怪物を音声で刺激するわけにもいくまい。
 通報者は使徒に襲われた可能性が高い。その生存を切に祈りつつ、メイリンは辺りを見渡した――雑然とした、しかしありふれた造形の居間――対象はすぐに見つかった。血だまりの床に倒れた、少女一人。
「……!」
 メイリンはすぐさま彼女に駆け寄った――少女の腹部には無惨なほどの刺し傷があった。メイリンは使徒の体から生えていた骨の棘を連想する。あれに刺されたのだろう。
 と、少女がわずかに呻いた。苦しそうに目を開けた。生きている――メイリンは少女の顔を覗き込み、凛然と告げた。

「SALFライセンサー、メイリンです。助けに来ましたよ」

 言葉と共に救急治療セットを開く。出血が酷い。うかつに動かすことはできまい。メイリンは医療知識を総動員させ、的確かつ迅速に少女に処置を行っていく。
 最中にも少女は苦痛に小さく息を吐きながら、メイリンを見ていた。
「ら、い、せん、さー、……よかっ、た……」
 本当に来てくれた。助けに来てくれた。よかった。よかった。ぽろぽろと涙を流して、震える手をメイリンに伸ばす。血で汚れた小さな手を、メイリンは優しく握り返した。同時に――心にチクリとしたものを感じた。
(この痣に火傷痕……ナイトメアによる傷ではない)
 治療の過程で少女の体を見て、否が応でも気付いてしまった、『痕跡』。
(殴打、それと……煙草を押し付けたもの……)
 明らかに虐待によるものだろう。痛々しい傷痕にメイリンは奥歯を噛み締める。だけど少女を心配させないよう、メイリンは努めて柔らかに微笑むのだ。

「私達を信じてくれてありがとう」

 通報をしてくれた勇気について、メイリンは言う。

「私達はあなたの味方。ナイトメアがいようがいまいが、迷わず助けを求めて下さい」

 人間を脅かすものは、悲しいがナイトメアだけではない。相手がナイトメアでないから見て見ぬふりをする、SALFはそんな非道な組織ではない。
 メイリンのその言葉に、少女は安堵の息をこぼした。悲痛なほどの、安心だった。少女の目に、メイリンはまるで――神様か天使のように見えたのだ。やっと自分は救われる、この人は自分を助けてくれる、と確信を抱いたのだ。
「ありが、とう……」
 そのまま、少女は意識を失ってしまう。安堵して気が緩んだこともあるのだろう。――その命が掻き消えぬよう、メイリンは尽力し続ける。いっそ少女が気絶してくれて良かった。遠くからはひっきりなしに、使徒の怒号が響いている。あの声はきっと少女を怯えさせるだろう。あんなもの、聞こえない方がいい。

「大丈夫。必ず、救います」

 心も、体も、きっと未来も。



●十字架の上に 04
「――了解。引き続き頼みます」
 レイヴのインカムに、メイリンの状況が届く。レイヴはオペレーターとして、面々との連絡を密に共有する。
 件の少女の状況は、正直芳しくないようだ。メイリンの応急処置によって持ちこたえているが、それも永遠には続かない。出血が酷く移動させることも難しい。
 幸いにして使徒は目の前のライセンサーに釘付けになっている。メイリンと要救助者の元へ使徒が矛先を向ける様子は、今のところ見られない。

 ――少女の命は、メイリンの医療技術の手腕と、ライセンサー達の尽力にかかっている。

「急いで、倒した方が、いい感じ」
 葵が大鎌の石突きでアスファルトをトンと叩けば、使徒の足元に死霊沼が顕現する。葵としては要救護人が死のうが生きようがすっごくどうでもいいのだが、まあ世間一般的に見て、救護対象を助けた方が高評価=高報酬ではあるので、世間一般的な道徳を口にした。SALFがSALFとして葵にお金を払える存在であり続けてくれるためには、SALFが秩序と正義の存在でいてくれねばならない。「市民を見捨てるクソ組織(略してク組織)」になってしまうのはよろしくない。
「善処しましょう」
 レイヴは必要以上に言葉を発することはなく、撃っては装填し、また撃ち、装填する。一連の無駄なき動きは実にスムーズで、ある種のシステマチックさすら感じさせた。弾丸が届くギリギリの位置、膝立ちの姿勢、放たれた弾丸は寸分違わず使徒の機動部位を抉り、文字通りの『足止め』を狙わんとする。だが不定形の体はグズグズと、動きを止めることはない。しかし抉られた部位を他の肉で補うことを使徒に強いる。
 オペレーターらしく淡々と。兵の仕事は任務をこなすこと。離れた場所ゆえに戦況を冷静に視界に収めながら、彼はまたスコープを覗く。

 レイヴと葵とは対照的に、祭莉は焦燥していた。
(早く、倒さないと、人が……死ぬ)
 その思いは、一発も外すことは許されないという強迫になる。自分がミスをして戦いが長引いて誰かを死なせてしまう――正義の味方として無意味な存在になってしまうことを、祭莉は想像したくもない。
「……っ、」
 落ち着け、と自分に言い聞かせる。あまり意味はなかった。表情に出ないように唇を噛む。ドクドクと心臓が脈打ち、肺もうまく膨らまない。
(早く倒さないと、早く――)
 青腕を翳せば光が灯る。それは瞬時に巨大な輝きとなり、全てを眩ませる白となって使徒へと放たれた。純粋に破壊の力を突き詰めた、殺すためだけの魔法弾。攻撃意志と殺意の具現。敵意と害意の煌き。
 それと同時、静流が放つアシッドキャノンが防御姿勢の使徒に命中する。じゅうじゅうと肉を蝕む毒は、次の瞬間には使徒がその部位を崩して除去した。

(使徒――……)

 静流の内心は穏やかではない。使徒、【堕天】事件、そして連想するのは忘れられもしない苦い記憶、『天の灯火』。使徒が発生したというこの状況、エヌイー亡き今、ロシアのナイトメアがやったこととは考えにくい。あの使徒は人間の手によって運ばれたもの?
(でも、『天の灯火』やレヴェル連中に、使徒を進化させるような技術なんて……)
 まさかネザー=エンピレオがまだ生きている? いやそんなまさか。それはあり得ない。
(じゃあ誰が? 何が? 一体――)
 答えは分からない。分からないからこそわだかまる。
 使徒が人語を話すことはなく――張り上げられた幾度目かの咆哮が、空気をビリビリと震わせた。その直後にはまた巨体が暴れる。
 マクガフィンは雀が軽やかに飛び舞うような動きで、それをかわす。未だに彼女のシールドに傷はない。シールド分のIMDが薄くなることを承知の上で、多大な出力を要するEXISに身を固めてきたのだ。そしてその回避力を活かすべく、マクガフィンは徹底的に使徒の眼前を動き回り、意識を引く。掠り傷とて構わぬと刃を突き立て、鈴を鳴らして音を立てる。
 かくして未だ、使徒のヘイトの多くはマクガフィンに向いている。マクガフィンを始め、柊也も懸念していた民家への損害も抑えられている。
 ――『ただ回避能力が高い人間がいるだけ』、ではこうはならなかったろう。自分に何ができるのかを取捨選択し、それを活かすべく考えを巡らせ、かくしてその策略が状況に合致すれば、戦況を有利に回す歯車となる。
 もちろん、もし運命の手違いで一撃でも貰えば――重体は逃れ得ないだろう。なれどそれも承知済み。マクガフィンの使命は、決意は、SALFが英雄であり続けるようにすることなのだから。

 しかし、だ。

 それでも使徒の巨体ゆえに、マクガフィンだけでは後衛に攻め込まれていたかもしれない。クララがいるからこそ、この怪物は未だ後衛の面々へ、その凶悪な攻撃を届かせずにいる。
 後衛の為の盾となる代価は、重い。ひしゃげたシールドとバックファイアの苦痛に、クララは顔をしかめていた。
「かまわない」
 息を整える。怪物が暴れ回って、誰かの帰る場所や――それこそあの家にいる要救助者が傷付くぐらいなら、安い駄賃だ。何度も罵声を浴びて耳が痛いが、クララが折れることはない。
 誰かの帰る場所を護りたい。それは柊也も同じだ。居場所とは、物理的な意味でも精神的な意味でも人間にとって重要である。そのことを柊也は知っている。
「治療を」
 柊也は武装を魔盾「フォスキーア」に持ち替えている。護る、という想いをそのまま力に替える。それは煌めく雫となって、クララのイマジナリーシールドを輝きと共に修復していく。クララが立っていられるのは、柊也によるサポートもあった。
(ダメージコントロールは十二分……ここが踏ん張り時だな)
 回復用の術はまだまだ多く残っている。作戦は最初から変わりない、すべきことの繰り返し。繰り返しゆえに体感として遅々と感じる部分もあるが、それでも、前進している。
(……もう少し。あと少し)
 それでも柊也の胸の内がどこか釈然としないのは、この事件は「目の前のナイトメアを倒しました、おわり」では済まないだろう予感があるからだ。この事件には何かある。乗り掛かった舟ならば、真実を解き明かす。
 柊也の視線の先、クララは白槍の輝ける刃を揮う。
 そこにまた、ライセンサー達の攻撃が重なる。
 異形が悍ましい声を張り上げる。
 けれど、それを途切れさせたのは葵が今一度放った死霊沼であった。苛烈な破壊力を持つ魔術に、遂に使徒はその体をボロボロと崩していく。
「……ん、これで、終わり」
 表情を変えない葵がそう言い終わった頃には、使徒はもう二度と動けぬ藻屑となっていた。

「……ん、殴れるなら、いつかは倒せる。……殴るカッコ魔法カッコトジ、だったけど」



●十字架の上に 05
 使徒は無事に討伐された。ライセンサーのシールド損傷も少ない。クララのシールドの傷も、本人が自前の治癒術で修復を終えた。
 メイリンのインカムに、レイヴから任務完了の旨が届く。同時に祭莉が待機してもらっていた救急隊に連絡を行えば、じきに救助対象の少女はそのまま病院に搬送されていった。万が一を考慮し、メイリンとレイヴがその護衛にあたった。
 結論から言うと、メイリンの初期治療が功を奏したこと、ライセンサーが早急に使徒を討伐できたことから、少女は奇跡的に命を取り留める。
 民家へのダメージも最低限だ。アスファルトや塀の破損については不可抗力の範囲内である。ライセンサーが咎められる領域ではない。

 ――戦闘の後、祭莉とクララは少女の家を捜索した。
 何か不審物でも見つからないかと見渡したが、そこはどこまでも普通の家だった。『不審物』は見つからなかった。多少散らかってはいたが、それも異常の範囲ではなかった。

 けれど、少女の体を確認したメイリンの証言及び治療に当たった医療関係者から、少女は虐待を受けていた疑惑が濃厚になる。
 そしてそれは、警察が母親に事情を尋ねたところ、母親が「義父から過激な躾を受けていた」と証言し決定的になる。
 母親に関しては、この悲劇に憔悴し、娘の重傷にはパニックになって泣いていた。母親の証言を信じるならば、彼女は娘に物理的な暴力は振るっていないという。「分かっていたけれど。どうすればいいのか分からなかった」「再婚相手の怒りの矛先が自分に向くのが怖かった」と、震えながら話したという。
 ――母親についての処遇はSALFが関われるところではない。彼女はナイトメアでもなんでもなく、レヴェルでもなく、妙な組織との関わりもなかったのだから。

 同時に、母親の言う義父について。
 消息不明であること、何より使徒の亡骸より、あの使徒こそが義父であったと裏付けられた。では使徒はどこから来たのか?

 ――目撃者と思しき少女は沈黙を貫いていた。医療関係者にも、警察にも。
 そこで彼女を救助したライセンサー当人ならば口を開くかもしれない、と希望者が病院に集められた。祭莉、柊也、静流を順番に見て――最後にメイリンを見て、明らかに少女の表情がリラックスしたものになった。

「改めまして……SALFライセンサー、メイリンです」

 ベッド脇の椅子に座ったメイリンに、少女は「あ……」と小さく口を開いた。次の瞬間には、わあっと大きな声で泣き出した。メイリンは静かに少女を抱き締める。「怖かったですね」と背中を撫でる。そうすると、少女はわあわあ泣きながら――こう口走ったのだ。

「私、わたし、悪いことをしました」

 少女は語り始める。義父をナイトメアにして殺してしまったこと。『天の灯火』の協力を得たこと。毎日のように義父から受けていた虐待のこと。それが苦しくて耐えられなくて、助けて欲しくてやってしまったこと。かくして抱いた罪悪感のこと。正義の味方であるライセンサーを裏切るようなことをしてしまったこと。自分は、悪い人間なのだということ。周りから怒られたり殴られたりするのが怖くて言えなかったこと。その沈黙がもたらした苦痛と罪の意識のこと。苦しくて苦しくてたまらなかったこと。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 不安と恐怖と罪悪感。それらを全て、少女はメイリンに吐き出した。
 ――『普通の事情聴取』では心を開かなかっただろう。「何があったのか教えて欲しい」と聞くだけでは、少女は裁かれる恐怖から沈黙を貫いただろう。『言いたいけれど言いたくないこと』は、永遠に沈黙に葬られていただろう。

「もう一度言います。――『私達を信じてくれてありがとう』」

 メイリンは少女を抱きしめたまま、あの時の言葉を繰り返す。少女はメイリン達を正義の味方だと信じてくれた。だからこそ、メイリンは「迷わず助けを求めてほしい」と伝えたのだ。彼女の心を救わんとしたメイリンの決意は、確かに少女に届いており――『誰かを信じる』『助けを求める』という勇気を、少女に与えたのだ。少女にとって、メイリンは救世主であり、英雄だった。

「今回の件で、あなたはただ『助けを求めた』に過ぎません。途中少しの誤解と、悪意ある第三者の介入があっただけ。あなたは正しい行いをしたのです」

 メイリンが言う。少女はメイリンの服をぎゅうっと掴みこんで、どうにか頷いた。
 柊也はその姿を見つめ――目を細める。
(……この子は、自分だったかもしれない)
 彼我の違い、それはいくつかの選択肢が少し違っただけ。同情はしない。ただ、柊は少女に『たくましく生きて欲しい』と願う。幸せや居場所を『与えてもらう』のではなく、意志や知恵といった自分だけの武器を持って、いつか。
 思いは心の中だけに留める。柊也は柔らかく微笑み、しゃがんで少女と目線を合わせた。
「話してくれてありがとう。いつかまた、このお礼をさせてもらえたら嬉しいな」
 あとこれ、と差し出したのはチョコレートバーだ。腹部を刺されたために食事についてはまだ医者の厳重管理下だから、「元気になったら食べてね」とサイドテーブルの上に置いた。ちょっとだけ早い退院見舞いだ。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
 戸惑いつつも少女はお礼を言った。よかった、キチンと感謝を言える子なんだな、と柊也はどこか安心した気持ちになった。
 そんな彼女に、今度は静流が声を駆ける。
「君にお願いがあるんだ。今回の事件のこと、他の誰にも話さないで欲しいんだ。俺たちだけの秘密にしよう」
「……他のSALFの人にも? おまわりさんにも? ……秘密って、全部?」
「えーと、」
 流石に虐待のことは明るみにした方がいいだろう。本人の証言は重要だ。何もかもシャットアウトしてしまうと捜査妨害になりかねないので、「SALFとおまわりさんには話してもOK」とした。あくまでも静流の目論見は「少女が『天の灯火』のおかげで救われたと口外しないこと」「奴ら側に行かないようにすること」なのだから。
(天の灯火……あいつら、一体の何のためにこんなことを……。あの使徒の実験か? それとも……この少女を引き入れてプロパガンダにでもするつもりか?)
 そう危惧しているがゆえに。
 それは柊也も懸念していたことだ。今後、少女は多くの悪意や困難に晒されるだろう。大々的になれば『天の灯火』も黙ってはいないだろう。
 とならば――必要なのは、か細くても掴める蜘蛛の糸だ。柊也の眼差しに静流は頷き、少女にニッと笑いかけた。
「もしこの約束が守れるなら、俺たちが友達になってあげるよ。時々遊んであげるからさ、勝手にどっか行ったりしないでよ? 会えないと俺たちも寂しいし」
 少女はしばらく考えるように黙ると、はにかみながら頷いた。憧れのライセンサーと、友達。それは少女に特別感を抱かせる。
「また来てくれる……?」
 そうおずおずと言うので、静流も柊也も、笑顔で頷いた。元気になったら一緒に遊ぼう、と小指を結んで約束をした。

 ――少女から聞き出せる情報は全て引き出すことができた。
 ではそろそろ、とライセンサーは立ち上がる。

「これ、よければ」
 立ち去る前に、メイリンは少女にぬいぐるみを差し出した。ふわふわの、可愛いうさぎ。「コンニチハ」とうさぎのつもりでアテレコをして、ふわふわの手を振らせた。
「気に入ってくれるかな……?」
「……いいの? ありがとう……大事にする!」
 ぬいぐるみを抱きしめて、ようやっと――少女は、喜びの笑顔を見せた。

 その後。
 少女についてはライセンサー達から「親元から離すべき」「SALFの保護下に置くべき」と希望があった。虐待を見て見ぬふりをしていた――ネグレクトを行っていた母親と健全に暮らせるかどうかは怪しい。『天の灯火』らがまた接触してくる危険性もある。それらを加味し、ライセンサーの希望は通り、少女はSALF管理下の施設に預けられることになった。
 これから彼女がどうなっていくかは、まだ不確定な未来の話。だけど少女の心には『誰かを信じる』という勇気がある。だからきっと――その先にあるのは、孤独なんかじゃないだろう。

「――どうだった?」
 グロリアスベース某所。祭莉を見かけ、クララは問いかけた。少女の見舞いに行った顛末のことだ。祭莉はただ、首を横に振った。
「……何も、言えやしなかった」
 見ていることしかできなかった。正義の味方に助けを求めて悲劇を起こしたあの少女を。途中でどうしようもなく苦しくなって、そっと病室から逃げ出すことが精いっぱいだった。
 唇を引き結ぶ祭莉に、クララは首を傾げる。
「どういうこと? ……常陸さん、顔色が悪いけど。どうしたの?」
 クララに顔を覗き込まれても、祭莉は逃げるように目を逸らす。そのままボンヤリとした足取りで踵を返す。
(正義の味方でないと、意味がないのに)
 祭莉は唇を噛む。
 少女はライセンサーを信じた。正義の味方を求めた。だからあんなことをした。正義の味方の存在が、間接的に少女に人を殺させたのだ。そのやるせなさが、祭莉の心を渇かせていく……。
「常陸さん……」
 クララは立ち尽くし、その背を見ていた。
 どこかのテレビで、どこかのライセンサーが、どこかのナイトメア事件を解決したニュースが、明るく流れていた。

「――善意が生んだ悪意、ですか」
 コーヒーを片手に。報告書で諸々を把握したレイヴは独り言ちる。
(自爆テロの次は子供を使ったテロ……。やはりテロリストの手口は何処も変わりませんね)
 天の灯火。報告書に記されたワードに、彼は目を細める。
(獲物の尻尾が鼻先を掠めた感じ……と言うのか。前回はしてやられましたが、必ず狩ってみせます)
 苦い味を飲み干して。一息を吐いたその唇は、人知れず笑みを形作っていた。
 そうして、報告書の最後の一文に視線をやる。文章はこう締めくくられていた。

 ――少女が『天の灯火』より聞いた『黄金の霧の地』が何なのか、現在調査中である。

 と、まあ。
 葵には少女のこととか調査中のなんやかんやとかは、興味はない。
 乙女はいそいそと、買ってきた高級プリンをスプーンですくった。柔らかくて、黄金の色をしていて――甘い、甘い、甘い、そして幸せな味がした。



『了』

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