● グロリアスベースに降り立ったペギーらペンギン型放浪者らはライセンサーの熱烈な歓迎を受けていた。 ペンギン型放浪者――いや、あえてここではペンギンと言い切ってしまうか。なんにせよ彼らの中にはライセンサーのテンションについていける者も少なくはないが……。 「ペギーさん、SALFはどうだ?」 陽乃杜 来火(la2917)が声をかけると、ペギーは少し安心した様子で息を吐く。 「ああ、君か。先日は世話になったペン」 「俺の気のせいかもしれないが……もしかして疲れてるか?」 「好意的なのは大変ありがたいのだがね。情報が……情報が多いペン……」 ペンギンに肩こりがあるのかは不明だが、ペギーは自らの首筋を撫でるような仕草を見せた。 来火の予想通り、彼の方が少し年上なのかもしれない。 「これからアサルトコアハンガーへ向かうところだ」 「それなら案内するぞ」 思考を整理する意味もあるのだろう。歩きがてらペギーは先ほどまでの出来事を回想する。 ● グロリアスベースへと降り立ったペギーらを出迎えたのはライセンサーの熱烈な歓迎。 具体的には音楽や歌声、声援、見たこともないような装置から放たれる光だった。 「歓迎会へようこそアル! みんなで歌って踊れば不安なんて吹き飛ぶアルよ!」 広場に作られた簡単なステージの上で漆黒 オブザデッド(la1155)がマイクを握ると、化野 鳥太郎(la0108)が持ち込んだピアノの鍵盤を叩く。 「これは……まさか音楽なのか?」 ペンギンらは目を点にしていた。 よくわからないが楽しげな音楽がそこら中から聞こえるし、なにかおいしそうなにおいもしている。 「ここは対ナイトメア戦線の中枢ではないのか……?」 「いらっしゃい! 楽しんでいってね!」 戸惑うペギーに宵闇 風(la3318)が差し出したのはクッキー。香りはいいが、ペギーは困惑する。 「これはクッキーっていうこの世界のお菓子だよ。ペンギンさんだしお魚料理がよかったかな?」 「好意はありがたいが……ううむ」 食べ物というのは難しい。食べられないものかもしれないけれど、特に好意からくるものは下手に拒絶するのも問題だ。 卸 椛(la3419)はクッキーをひょいと摘み上げ、先に自らかじって見せる。 「よかったら……一緒に食べませんか?」 椛の外見はこの世界でいうところの『ヒト』と変わらないようにも見えるが、自らも放浪者であることを語った。 「何も知らないこの世界で、私は美味しい料理に満たされ救われました。今度は私が美味しいを届ける番です」 生きるために食べることは必要で、それが満たされることは安心につながる。 それは椛の経験論だからこそ、説得力があった。 「……確かに。生きるためには遅かれ早かれ食わねば、な」 恐る恐る、少しずつ料理に手を付けていくペギー。結果としては――。 「ペンギンさん、お魚以外も食べられるんだね! よかったよかったー!」 「こちらの食事が口に合わないという放浪者はほとんどいませんからね」 「そうなのか……。ワタシの身体、どうなってるペン……」 まったく異なる世界の異なる食文化とくれば、体質に合わず消化できなかったり有毒な食材もありそうなものなのだが、どうやら平気らしい。 ふつーに考えたら平気なわけないんですけどね。実際平気なんだからしょうがないよね。 「異世界への転移をきっかけに肉体にも何らかの変化が……? わからんペン……」 「もしもお腹を壊したらIにご相談ください! 医療、介護、家事支援は万全です!」 桜壱(la0205)は胸を張り、グロリアスベースでは放浪者も診療を受けられると医療体制の説明をする。 「異世界人の治療までできるとは……」 「んふふ! もーっと驚いてください。Iも、この世界の“技術の子”なのですっ♪」 桜壱はヴァルキュリア――その中でも自我に目覚め、IMDへの適性を得た個体だ。 まず人造のヒトガタがヒトと変わらぬ動作をしているだけでも驚きだが、それが自我を得るというのはぶっ飛んだ話だ。 ペギーは腕を組むような仕草と共に黙り込む。 この世界の技術は……何がどうなっている? いや。技術はもちろんだが――いくら何でも人々が明るすぎやしないか? ナイトメアという星を滅ぼす災厄と戦争の真っただ中にあるというのに、心を慮るほどの“ゆとり”がある。それが何よりも驚きだった。 ペギーらが張り詰めた警戒心を抱いていたのは、心に余裕がなかったからだ。 余裕を持て余していてはナイトメアと戦争はできない。 命を保つために切り詰めてきた不要物が、この街にはあふれている――。 喜びと悔しさがないまぜになった眼差しで、ペギーは再び歩き出した。 ● 「ほう、この町の暮らしに目を付けたか。いい考えだな。民の営みを知れば人類が過ごす環境の理解が深まるはずだ」 ナイトメアを個人単位の戦闘力で打ち破る姿を見せつけられたニュージーランドの森で、ペギーはこの世界の力を知った。 もちろんそれは興味深いが、今となっては人々の暮らしも十分以上に彼の興味を掻き立てる。 シオン・エルロード(la1531)は人々の暮らしぶりを語る上で欠かせないアイテム――スマートフォンについて説明する。 「これは放浪者でも使用できるのか?」 「問題ない。放浪者でも使用できることは保証するぞ」 「外見では誰が放浪者なのかワタシには見分けがつかないペン……」 「なに、ここでは見分ける必要もないがな」 手渡されたスマートフォンは確かにペギーでも使用できた。 理由はわからなかったが、ペギーはこれも異世界に移動したことによる身体的影響の一種と考える。 「多機能さは目を見張るが……これは雑多過ぎるのではないか?」 「どれどれ? ……ああ、アプリのこと?」 説明を引き継いだ山神 水音(la2058)が画面をのぞき込むと、ペギーはアプリの数に困惑しているようだった。 電話のような基本的な通信装置としての使い方はすんなり受け入れられたが、生活必需品の中に娯楽まで入っているのがよくわからない。 「便利なようでいてこれでは逆に用途が多すぎて不便なのでは……うん?」 「あっ、ごめんごめん。放浪者って本当に色々な人がいるんだね」 水音の視線はいつの間にかペギーの方に移っていた。 スマホをいじくってウンウン言っているペンギン――控えめに言ってかわいい。 しかし当の本人からすると照れくさいのか、咳ばらいをひとつ。 「この世界に来てからよくそういう視線を感じるのだが……」 「あはは……ペギーさんは男の子だもんね。かわいいっていうのも複雑かな? お詫びとお近づきの印に、そのスマートフォンはプレゼントするね」 「よいのかペン!?」 目を丸くして喜ぶ様はやっぱりかわいいのであった。 「今日はまだこれからグロリアスベースの各所を周られるんですよね? スマホは情報をまとめるのにも便利なんですよ」 腰を落として来栖・望(la0468)が教授したのはメモアプリの使い方だ。 ペンギン然とした手先でありながら器用にスマホをいじるペギーは既にこの装置を使いこなしはじめている。 「写真を撮ってそこにメモを書き込んだりもできます」 「ほう……これは便利だペン。いや、これくらいの技術ならワタシの星にもあったが???」 「使い方はもう大丈夫ですか?」 「無論だとも」 スマホを構えたペギーがペタペタと交代し、くいくいっと手先で指示する。 意味を察した三人がシオンを真ん中に肩を寄せると、ペギーの手にしたスマホがフラッシュした。 ● 「ありがたいが、荷物が持ち切れないペン……」 至れり尽くせりなので持ち切れない荷物は用意されたスタッフが預かってくれるのだが、道具に玩具にお菓子にお弁当に……ペンギンの両手では持ち切れない大ボリュームだ。 「しかし、もう胃が限界だ……この星のヒトは毎食あんなにも食料を必要とするのか?」 そう誤解されても仕方がないくらい、どこに行ってもペギーは食事を振舞われていた。 食事に誘われるのはわかりやすい歓迎なので嫌な気はしないのだが、食べきれないのも心苦しい。 「聞いたわよペギー! 人の文化文明について知りたいそうね!」 「うむ、拙者もこちらへ来た際は些か緊張したでござる。今、ペギー殿達に必要なのは、束の間の休養ではなかろうか」 「ペンギンさんなら、好きな食べ物はやっぱり魚かな~」 現れたるはアンヌ・鐚・ルビス(la0030)、涅槃(la2201)、ももぴー・スターライナー(la2851)の【ミュージアム】三人組。 アンヌは一拍おき、眼鏡を輝かせる。 「そりゃあもう、博物館しかないでしょ。これはもう絶対よ!」「というわけでスーパー銭湯へ案内するでござるよ」「回転寿司屋さんにご案内、だよ」 「なんだって?」 「ちょっと待った! 博物館という名の我が家に右から左から上から下までバッチリ案内って話でしょ?」 「あの見た目である以上水場を好むと読んだでござる」 「回転寿司屋さんはこの世界が生み出した、最先端技術の結晶だよ!」 顔を見合わせる三人。それからペギーに向き合い。 「こうなったら仕方ない。博物館がいかに素晴らしいか教えてあげるわ! ハイッまずはこれ! 河童のミイラ!」 「スーパー銭湯には広い水風呂もあるでござるよ」 「まーまー、立ち話もなんだし、まずはごはん食べに行こうよ。お茶も飲めるすごい場所なのさ……ふふ」 「アトランティス大陸の石!!」 たぶんどこもそれなりに地球社会について学べそうな気はしたのだが、とりあえず他のペンギン仲間を身代わりにペギーは離脱した。 実際のところ涅槃の仰る通りで、今のペギーに必要なのはいったん落ち着ける場所である。 広場の外れにあるベンチにぴょこんと座り込んだペギーに差し出されたのは温かいコーヒーだ。 「……お疲れみたいですね。よかったらどうぞ……温まりますよ」 石田 千桜(la1015)は必要なことだけ伝えると会釈を残しそそくさと去っていく。 どうやら各務 与一(la0444)と共に屋台のカフェスペースを用意しているらしい。 騒動の中心地から少し離れているせいで満員御礼の忙しなさはなかったが、ペギーにはそれがありがたい。 「お味はいかがですか?」 「ああ……これは、なんというか……すっぱい?」 「あ、苦味よりそっちですか。放浪者の味覚は色々ですからね。勉強になります」 与一はコーヒーを淹れ直し、試飲用の小さなカップに入れて差し出す。 「こちらの方がワタシ好みだ。相手に合わせて作り方を変えているのかね?」 「新しいお客さんに楽しんでもらういい機会ですからね。この世界の味はもちろん、故郷の味の再現にも挑戦してるんですよ」 少し雑談していると千桜に呼ばれ与一は席を立った。 話に割り込んだことを気にしてか千桜は少し申し訳なさそうだったが、ペギーは平べったい手を挙げて「気にするな」と応じる。 「ここには色々な放浪者が集まってるでしょう?」 代わりに隣に座った陽波 飛鳥(la2616)は自らを指さし。 「私も放浪者だけど、非人道的な扱いを受けた事は一度もないわね。何不自由なくこの世界の人達と同じように暮らしてる。SALFは人道的な組織だと思うわ」 「それは今日一日で身に染みた。本来異世界の存在にここまで自由を許すというのは問題だと思うが……」 「でも、おかげでみんな笑っていられる。それが何よりの証じゃないかしらね」 「……そうか」 少し含みのある声に飛鳥はペギーに目を向ける。 否定ではない。むしろ肯定しているのに、彼の眼差しは寂しげだ。 「笑っていられることが正しさの証だと、そう言えるこの世界が少し眩しくてね」 「……大変だったのね、貴方達も」 「なんの。こうして生き残っただけ、ワタシは恵まれているさ」 ぴょんとベンチから降り立ったペギーの眼差しは前を向いている。 この世界のことはわからない。だが、この世界の人々が信じる正しさと願いは理解した。 ならば十分――そう断じられない程度に自分は臆病だけれども。 「美味しかったと伝えておくれ」 ● 「アサルトコアのカタログ? いいよ、持ってって。そのへんでタダでもらえるしね」 コノリ(la3367)にもらったカタログを手にペギーが向かったのはアサルトコアのハンガーだ。 「そこまで詳しくないから、どれが何に向いてるかくらいしか説明できないんだよね。まあ、興味持ったら勝手に調べて」 当人からすれば親切にも及ばない気まぐれの類かもしれないが、ペギーにとってはありがたいことだ。 道も案内してもらったコノリと別れたのち、ペギーは実機とカタログを照らし合わせていた。 「似ているな」 「というと、君たちの世界の技術かい?」 シリウス・スターゲイザー(la2780)の問いかけにペギーは首を横に振る。 「いいや。似ているのはむしろ敵の方――ナイトメアの機械兵器に、だ」 この世界でも既に何件か、異世界のナイトメアとの交戦例が挙げられている。 アサルトコアにも似た異形の機械兵器は独自の技術で製造されたもので、非常に高い戦闘力を有しているという。 「ワレワレにとっての死と破壊の象徴……似ているというだけで警戒してしまっていたものだが」 「少なくともこの世界においてはナイトメアへの対抗手段だよ。……ところで、君たちの世界ではこういった兵器にどのように対抗していたのかね?」 「船を見てもらえばわかると思うが、通常兵器だ。……失礼かもしれないが、ワタシの目から見てこの兵器の形状は非合理的だ」 そもそも“人型”ですらないペギーからすればアサルトコアは“ヒトに似た形”ですらない。つまるところ、まったくの異形である。 「いろいろな機械や技術がこの世界には存在していますが、その基本はイマジナリードライブです。確かアサルトコアの形状もIMDと関係があると聞きました」 銛夜 狩那(la3607)はIMDを搭載した対ナイトメア兵器――EXISを起動して見せる。 「自分の世界の技術が使えなくなっても、IMDによって代替できることもあります。使えなくなるものがあっても心配はありません」 ちなみに私も放浪者です……と付け加え、狩那は武器を納めた。 「ほとんどの放浪者には大なり小なり適性があるらしいから、ペギーたちもEXISが使えるんじゃないかな? 実際に使ってみれば話が早い。未知を既知にできれば、不安も減るだろうさ」 ハドレー・ヴァインロート(la2191)の提案を受け、先ほど狩那が使用した大鷲の爪翼を装備してみる。 EXISの使用は適合者であれば特別な訓練も必要ない。そしてペギーも多くの放浪者がそうであるように適性を見せた。 「見たところ大容量のバッテリーも見受けられないが、いったいどこからこれほどの出力を得ているのだ……?」 謎だ。 異世界への転移など前例もないことであるからして、“そういうもの”と言われてしまえばそれまでだが。 この世界に来てメモを取って、“それが普通に通じている”ことも。 可食かもわからぬ食材を用いた異世界の食材を普通に美味と感じていることも。 IMDというエネルギー増幅装置を用いた兵器であるEXISに自分が適応できていることも。 もしも単なる偶然ではなく、これらが必然なのだとしたらどうだ? 「すまないが、話しておきたい仮説ができた」 ペギーは丁寧にEXISを返却し、ペタペタと愛らしい足音をさせながらその場を後にした。