●堕天 01
何度だって立ち向かう。
それは無謀ではなく、勇気と意志と、決意である。
「50秒だ。50秒で必ず殺す……!」
この戦いは、XN-01『Lida』の中でケヴィン(la0192)が放った言葉に集約されていた。
おぞましき破壊の砲撃はサンクトペテルブルクへ放たれた。ほどなく『着弾』するだろう。だがその圧倒的な破壊に、エンピレオは多大なエネルギーを消耗した。
――奴が態勢を立て直すまで、あと50秒。
「コード666、起動――」
小隊【仮説部】の一員が駆るS-01が、巡航用ブースターを最大にしてエンピレオへと吶喊する。ケヴィンはその中で獣の数字をまとった。敵を葬り去るための、必殺の意志を。
そして強襲指示が下ると同時に、ケヴィンは仲間と共にキャリアーから飛び出すと、杭打機「ベアトリーチェの指先」を真っ直ぐに至高天へと差し向けた。
「喰らいやがれッ」
――燦然と、超新星のような光が瞬いた。
それこそダンテの真骨頂、全てを薙ぎ払う純然たる破壊の嵐。
山田 詠歌(la0151)はその眩しさに目を細めた――FS-10『インペラトリッツァ』のカタパルトフィールドによって射出され、自らのFF-02を加速させる。
周辺のナイトメアの数は、作戦第一段階時よりも数が少なかった。これは偏に第一次作戦においてライセンサーが尽力した結果である。あの戦いは無駄戦でも負け戦でもなかったのだ。
おかげで、エンピレオやエヌイー狙いの部隊は各々の目標に専念できる。もちろんそれでも迂回してくる悪夢もゼロではない、だがそれは小隊【ティアマト】には想定内にして対策済みだった。飛び出していくアサルトコアが次々と悪夢を薙ぎ払い、エンピレオへの突破口をこじ開ける。
「背後が無理なら側面から突っ込むだけよ、死ねぇ!」
詠歌は機体の加速力にものを言わせて吶喊し、断罪の剣を振り上げた。数多のダンテと息を合わせる――今回の戦場の活路の一つはダンテだ。報復の化身が最大火力を発揮できるように。この50秒に全てを懸ける。
突撃だ、続け――一直線隊列の小隊【VALKNIGHTS】、V字編隊の小隊【漢軍団】もエンピレオへ攻勢に出る。それぞれのFS-10、前者は『エスペヒート』、後者は『Wind & Fire』から攻撃指示が発せられた。
「敵は斃す! とにかく斃す! 絶対倒す! ひゃはははは!」
XN-01『エムプーサ』のコックピット内、ズーリア(la3365)は哄笑を上げた。コード666の精神負荷によって躁状態に拍車がかかり、視界が赤く染まるほどの力が機体中に漲っている。
アサルトライフルを乱射しながら吶喊するエムプーサは直線の先頭だ。距離が詰まれば武装を剣に持ち替え――すれ違うように一撃。後ろに続く【VALKNIGHTS】の面々もありったけを一心不乱に叩き込む。怒涛の波状攻撃だ。
同刻、エンピレオの表面に火柱が上がる。久我 勇悟(la2624)が駆るXN-01『Black Night』、その武装YOKOZUNA-189による大砲撃である。
「東のYOKOZUNA大一番だぜ、デカブツ。剣ヶ峰までぶっ飛びやがれ!」
コード666は起動済み。勇悟は武装をアサルトコア用ナックルへと替え、湧き上がる攻撃意志を拳の中に握り込んだ。「ビビってたってしょうがねェ、最高の攻撃機体に乗ってんだ、全力で行こうぜ」――小隊長の言葉に、四機のダンテに乗った漢達は応と頷いた。
「ぶちのめすぜ」
エンピレオが放つ意志の盾を蝕む光は、煉獄の意地で拒絶する。憂いはない。後はもう思う存分、作法もクソもないケンカ殺法をぶちかますのみ。バケモン相手にゃ丁度いい!
小隊【極楽電脳無軌道小隊『オフ会』】も攻勢に加わる。S-01『ウィムフル・ストライク』から強襲指示が下される――骨肉を切断させててでも魂を断つ、そんな意志を胸に宿し。
「二度死ぬかァ!? エルゴマンサァァァァ!」
先陣を切るのは十八 九十七(la3323)のFF-01『月光改陸〔μ?νι?〕』。構える杭打機にまとうのは禍々しいまでの旋風のオーラ。点火の音と共に射出される銀の杭は、獲物に突き立てられる牙のように。
九十七は歯列を剥いた。杭を突き刺したまま、特殊兵装『プラズマシューター』用のショットガンを怪物に向ける。ここで己が落ちたとしても、仲間達が戦い続ける。そんな希望が、九十七にはある。
「鉄砲玉上等、やらいでかァ!」
銃声、砲声が蒼穹に響き渡る――。
そこに音を重ねるのは、小隊【ヴァローナ・グニズド】だ。FS-10、FS-10『パビェーダ号』、FS-10『フライングショートケーキ』、三艦のキャリアーが支援攻撃を行う。そして数多のアサルトコアを束ね率いるのは小隊長のアグラーヤ(la0287)だ。
「皆、いるね。……一気に突っ込んで削る。出し惜しみはなし。行くよ!!」
力強く声を張る。XN-01『アニヒレイター』がコード666を起動すれば、精神負荷がアグラーヤに『奪われた者の復讐の代行』を迫る。乙女は煉獄の意地を胸に、敵を滅する剣を手に、仲間を信じ仲間と共に、連なる流星のようにエンピレオへと挑みかかった。
更なる部隊が二艦のキャリアーと共に攻勢をしかける。小隊【Jokers】、S-01『サバトラ』とFS-10『蓬莱』から、次々とアサルトコア達が飛び出していく。
「……ん、全搭載機、発艦。発艦後、送信したルートでの強襲が、オススメ」
サバトラ艦長の七瀬 葵(la0069)は仲間達に強襲指示を下した。そして彼女自らもサバトラの舵を切る。
「……ん、ブースト全開、ラムアタック開始」
ぼ、とブースターに火が灯る。猛加速する飛行艦の行き先は真っ直ぐ、エンピレオへ。船首には巨大な杭打機が取り付けられている。接触の衝撃もなんのその、仲間と共にブチ込むのは一撃必殺だ。刃が、弾丸が、砲が、唸る。
光が戦場を染める。それはライセンサー達の猛攻であり、エンピレオが放つ侵略兵装である。
想像の盾が、軋んだ。
だが第一次作戦時と比べればその威力と精度は落ちている。脅威ではないと言い切ることこそできないが、絶望的なものでは、ない。
SJ-01『ヒルデグリム』と完全同期したNo.14(la2961)は弾切れしたバズーカ砲から、天雄星の槍に武器を持ち替える。エンピレオに砲門などは見当たらない、忌々しいほどの光輝を湛えた怪物だ。キャリアーの影から飛び出し空を駆ける。長大な槍をその白い光に突き立てる。
「この星は守る――『私』は、ヒーローであるために!」
何度も何度も、何度でも。槍を突き刺してはまた抉りつつ、14は特殊兵装『ファイアバグ』を展開した。
「必ず壊す、お前、だけは!!!」
叫ぶ声。張り上げる声――。
もうどうなっても知りませんよ、とリエン・ジューハ(la0818)の耳に届いた。それは小隊【渡り鳥】メンバーの声であり、リエンが『乗っている』キャリアーS-01の艦長の声である。
「大ボス挑むのって楽しそうだよねー。んじゃ、命賭けようか」
リエンはへらりと笑って、空を駆けた。あまりに途方もない怪物に、その身一つで挑むスリル。上空から飛びかかる。振り上げる爪拳バグナクに沸き立つ血のイメージを投射する。着地と同時に十字の斬撃を刻み込む。
「後先考えて命は賭けられないってね」
さあ、後はこの怪物の上で持てる限りの技を披露するだけ。意識が途切れ、思念の盾が砕け、肉を骨を損傷し、血を噴きながら天から堕ちるその時まで。
エンピレオは一次的に弱体化している。だがそれでもなお、生温さとは対極にある。
小隊【F.A.Lucifer】のキャリアーFS-10『トリアノン』の艦上、楠 セレナ(la3503)はボロボロのシールドで、それでもキッと前を向いた。視線の先では頼もしい仲間達が、華々しいほどの大攻勢を披露している。
「怖くたって、逃げたりしません!!」
普通の女の子だとしても、ここが正念場なのだから。セレナはプロディギウムワンドをくるりと回す。意志の力を矢に変えて、星のように撃ち放つ。ありったけ、心の力を魔法に変える。皆で一緒に帰るために。
魔法がぶつかる。同時に、小隊【S&A】のS-01が取り付けたブランディストックOMがエンピレオへと突き刺さる。それを皮切りに小隊【百鬼夜行】の飛行兵部隊が一斉に光へと躍りかかった。
下されるのは強襲指示。三代 梓(la2064)はXN-01『Meteor』のコックピット内、エンピレオを睨む。
「人間も妖も、立ち向かう仲間よ! 私は自分を、味方を、愛する人を──そして仲間を信じているからっ!」
コード666起動による、心の内より湧き上がる熱いほどの衝動。梓はそれを全て力に変える。構える杭打機にありったけの想いを込める。
「貫け――!」
点火と同時に空を覆うのは、超新星がごとき破壊の光。乙女の命を燃料に、それは人類の脅威のみを焼き尽くす。
●堕天 02
衝撃が響いた。カンナ・N・シンク(la3831)はFF-02のアラートが鳴り響くコックピット内で歯列を剥く。思念の盾は砕け、機体は動いているのが奇跡のように損傷していた。
それでもカンナは、エヌイーへ――ナイトギアへ挑むことをやめない。それは捨て身の献身であった。ナイトギアへぶつかり、組み付き、本命である仲間達の攻撃を少しでも有利にする為の。全速力で空を駆ければパーツが散った。
きっと長く持たない。それでも。だとしても。1秒でも。
「一矢……報いる!」
カンナによる命懸けのナイトギア妨害――それをいせ ひゅうが(la3229)は決して無駄にはしない。同時に気持ちがとても理解できた。突撃、隙を作り、もしも落ちる時は敵の脚を掴んででも足掻いてみせる。仲間の為に、勝利の為に。
ひゅうがは至近距離へとHN-01『重装射撃支援機【CIWS】』で吶喊する。時にはその思念式展開装甲で仲間を守りつつ、ゼロ距離でナイトギアへとバズーカ砲を向けた。
「全力でぶち殺すのですよ!!」
不倶戴天なのだ。何度何度かの怪物に傷を刻まれようと、ひゅうがは何度でも何度でも立ち上がり、ここまで来た。その意志は決して無為ではなく、気高き不撓不屈である。
エンピレオとの激闘の一方、ナイトギアとの戦いも熾烈を極めていた。
前者こそ弱体化しているが、後者はそうではない。とはいえ第一次作戦時の戦闘によって、ナイトギアの纏うイマージュの鎧はイマージュスナッチによって耐久はしてくるものの、かなり消耗していた。
しかし、だ。だからこそなのかもしれない。ライセンサーはナイトギアではなく、それが壊れた後のエヌイー対応への作戦に重きを置いている者が多かった。結果的にナイトギア対応の者が少なくなってしまい――
――もし小隊【民間軍事会社「Beowulf」】がいなければ、ナイトギア破壊は不可能だったかもしれない。
イマージュスナッチによる回復の方が削る勢いよりも上回っていただろう。
「皆……準備はできておるな? ……行くぞ!」
小隊長シルヴィア=ケニッヒヴァルダウ(la0068)の勇猛なる声が一同を鼓舞する。XN-01『エゴイスタ』の手にレヴィアタン砲を構え、仲間達と共に一斉に攻撃を。ナイトギアを取り囲み、十字の飽和攻撃を浴びせていく。
「突破できるものならば……!」
ベオウルフの目的は、エヌイーにエンピレオ攻撃の邪魔をさせないことだ。
勇猛果敢、なれど捨身特攻に非ず。全員で生きて帰ることを最優先に、シルヴィアは仲間達へと的確に指示を飛ばしていく。
彼らを支えるのは二機のS-01、『轢き逃げスフェス二クス』とヴァルヴォサ(la2322)の『払暁』だ。損傷し一度後退した味方機を格納し、リペアシステムを起動する。
誰一人とて死なせない。キャリアーを操縦する者の想いは同じ。
「邪魔はさせないよ、エヌイー。あと、死んでおくれ」
ヴァルヴォサはエンピレオやナイトギアの攻撃を耐え凌ぎながら、空に立つ怪物を見据えた。地の底で戦い抜き、今は空の上での決戦だ。そしてこれ以上の戦いはもうない、これ以上、長引かせてなるものか。
数字にして一分足らずの刹那。なれど、どこまでも長く感じる。
だからこそ、一発たりとて無駄にはできない。青白いフレアに包まれたFF-01『雪風』の中、風花雪乃(la2627)は青紫色の瞳を討つべき敵に向ける。
「余計な真似はさせません。エヌイー。貴方はこの命にかえてもここで堕とすわ」
スナイプモードは起動済み。ライフル銃の銃口を向け、引き金を引く。凛然と言い放たれた強い意志を示すかのように、放たれた弾丸は真っ直ぐと、そして牙のようにナイトギアの鎧へと突き立てられる。
ベオウルフは孤立無援ではない。小隊の者でこそないが共にナイトギアと戦う者、支援してくれる者らがいる。ならばもう攻め続けるのみと、雪乃は銃が融けんばかりの想いを銃弾に込めるのだ。
終わる時? それはエヌイーが膝をつくまで。 ――慈悲はない。
人類は粘る。退かない。攻勢を続ける。
あと少し。あと少しでナイトギアを破壊できる。
悪鬼が纏うイマージュの鎧が消耗し、亀裂が広がり続けていく。第一次作戦時の被弾は決して軽くはなかったのだ。第一次作戦時のライセンサーの尽力、そして今この時の戦いは繋がっている。
多くの人類の意地――それによって、遂に。
ナイトギアの装甲が、砕ける。
なれど、その時である。
エンピレオより発せられる光が幾度目か、戦場に満ちた――本来の破壊力を伴って。
それは50秒の経過を示し、エンピレオが消耗状態から復活したことを表していた。
●堕天 03
第一次作戦において少なくない被弾をしている。
弱体状態時にライセンサーからの猛烈な総攻撃を受けた。
それでもなお存在している光は、偽りなく怪物と呼べよう。
これがインソムニアにしてエルゴマンサー、悪夢の上に在る絶望の権化。
幾度も、幾つもの世界を、焼き尽くし食い尽くしてきた、絶対侵略者。
途方もない、天災である。
「――それが、どうした」
小隊【Howl Dragon】を率いる五代 真(la2482)は、XN-01『乾坤一擲』のコックピット内よりエンピレオを見据える。
「咆哮特攻作戦はまだ終わっちゃいない! 全員でエンピレオ撃破するぞ! 機体損傷は惜しむな! 死ぬ気で行け!」
何だろうとやることは変わらない。相手をブチのめす、それだけだ。作戦名は『咆哮特攻』、彼らは一丸となって一心不乱にエンピレオへと食らい付く。思念の盾が砕けようとも、傷だらけになろうとも、たとえ最後の一機になろうとも。
「押して押して押しまくる!」
彼らは強く、烈しく、気高き龍である。
そんな『龍』に続くのは『奪還者』、小隊【Recapturer's】。空を駆るFS-10の甲板上に4機のダンテが展開している。その中の1機はアイセラ・サンライトハート(la2722)が操縦するものだ。
「さーて、撃ちまくりの大サービスってヤツっスよ!」
身に纏うのは人間を示す獣の数字。煉獄の意地で踏み止まり、アサルトライフルをエンピレオへと向ける。二丁持ちの銃を交互に使用し一秒でも長く一発でも多く弾丸を放ち続ける。
損傷が激しくなったら一度キャリアーに格納して修理。それまでは銃口が焼き付くまで撃て――小隊長の指示に忠実に、焼き尽くすほどの想いを弾丸に。
立ち向かう相手がどれほど巨大な絶望であろうと、戦い続ける戦士達。
彼らを護り癒し支える者らがいる。S-01『ジリッツァ』を操縦するエレーナ フェドロワ(la1815)がその一人だ。
「……祖国のために……世界のために」
ターンドリフトブースターにより、ジリッツァは損傷が激しいアサルトコアのもとへと駆けつける。その巨体でエンピレオの攻撃に対する壁であり囮になりつつ、リペアシステムによって友軍機らの意志の盾を修復していく。
「さあ……行って……!」
盾となり護れば、エンピレオの高度学習体も機能しない。耐えたこの一撃が次に繋がる、エレーナはそう信じて仲間達を守り続け、戦場へと送り出す。
奈加(la3441)もまた、懸命に治癒の術を仲間達へと飛ばし続ける。
「やあああああ、死んじゃダメェェェェェェ!! ……間に合った?」
滝汗と、弾む息と。奈加の周囲には福音の雨雫がきらきらと降り注ぎ、仲間達のシールドを修復していく。
「ええと、次は次は……!?」
強そうな人に束ね連なる因果を、傷付いた者に治癒の術を。奈加は文字通り目まぐるしい状況にあった。たとえ微力だとしても、やるやらないでは大きく違う。
「頑張ってみるね……!」
乙女は金杖エスペランサをぎゅっと握り締めた。
銃声が響く。それはハシモフ・ロンヌス隊長率いる小隊による火力支援射撃だ。
「撃ち続けろ!」
ハシモフが率いるのは、このロシアにて長く長く戦い抜いて来た古参兵達だった。彼らは手にした銃火器で、ライセンサー達の攻撃支援をし続ける。
そんな彼らを護るのが、HN-01『Fatalism』に大剣を揮わせるサーフィ アズリエル(la3477)だ。
「支援の継続を。ここはサーフィが守ります」
ナイトメア専念部隊のおかげで、対エンピレオ・エヌイー部隊にちょっかいを出す悪夢は少ない。それでも皆無ではない。――少ないからこそ、少ない戦力でも対応しきれる。
エンハンスド・システムを起動し、思念式展開装甲でフェイタリズムはハシモフ部隊の盾として敵の前に立ち塞がり続ける。エンピレオのおぞましき光からの盾となる。
これで支援射撃に集中できるはず。サーフィの目論見通り、彼女のお陰でハシモフ部隊はわずかながら、しかし確かに、より良い支援を行うことができている。
――ならば、その尽力に応えねばならぬ。
小隊【クラーク駆逐隊】は進む。友軍機キャリアーから支援を受け、隊員同士で連携しながら、一心にエンピレオへと最高の攻撃を叩き込み続ける。XN-01『シルバーシックル』を駆るエイラ・リトヴァク(la3147)もその中の一人だった。
「陽輝、エスメル、支援頼む」
コード666を再起動すれば、その負荷はダイレクトにエイラへと伝達される。頼もしい仲間達に防御を委ね、シルバーシックルは杭打機を構えた。
「アレは、命の灯火だ。てめぇのラックは帳消しだ!」
ケリをつけよう。正気が消し飛びそうな負荷を、小隊長の言葉を思い出して乗り越える。
銀の鎌、その名のように。エンピレオへ繰り出すのは死神の強襲。奈落の加護を今一度、削ぎ殺す。
数多の攻撃がエンピレオにぶつかっていく。その光の一点、かすかにではあるが煙が上がっていた。至高天の負傷ではない、小隊【ESPOIR騎士団】によるヘリコプターの衝突特攻だ。EXISではないそれでダメージは与えられない。だがそれは『ヘリをぶつけてダメージを与えること』が目的ではない。
たとえ小さな攻撃でも、雨垂れ石を穿つように。一点集中すればきっとその身を穿てるはず――それは【新星】と名付けられた作戦の為のマーキングであった。
奇しくも、である。
小隊【黄竜会】のリチャード・ガーランド(la3384)が、煙上がる地点に『カチコミ』をしかけんとしたのは、何の因果か。
「これより衝角突撃を行う!」
リチャードはFS-10『飛行戦闘母艦ガーランド』の舵を切る。弾幕を張り続けていた機体だが、そのシールドは損傷しきっていた。ゆえにこそ。
「壊されても構わん! エンピレオに一撃加えてやらあ!」
その巨体をまるごと武器に。煙を噴き内部でアラートの響く艦は、最大速度で――エンピレオへと『着弾』した。大破、炎上、かつてない火柱が上がる。
「随分と無茶を……、なればこそ、ですネ。小隊【Заря】、攻撃続行」
小隊【独立機械化歩兵小隊【Заря】】、それを率いるイリヤ・R・ルネフ(la0162)は小隊【NAGASAWA】と連携し、エンピレオへとXN-01-13『オホートニク』で仲間達と共に攻撃をし続ける。防御支援は万全、まだまだ戦える。
「あの一点を!」
イリヤやザリアー隊員は他の小隊へも声かけを行い、一点突破をより盤石に。どれだけ効くのかは分からない――だからこそ、試す価値がある。オホートニクの大槍カピテーンL-05が先陣を切り、そこに仲間達が続く。
――あと少し。
きっと、あと少し。
今に始まったことではない。第一次作戦だけじゃない。長く続いたこの戦い、この足掻き、無駄だったことなんて一つもない。全ての戦いは繋がっているのだ。
【傭兵団『アントヒル』】はS-01と旗艦FS-10『クイーンアント』によってエンピレオの懐に食らい付き、火力を叩き込み続ける。
とにかく派手に決めてやれ。――そんなオーダーを胸に、エドウィナ(la0837)はXN-01『Carlsen』のコード666を再起動する。
直後である、幾度目かのエンピレオの煌き。周囲一切の思念の盾を蝕み続ける怪物の侵略。
カールセンを一撃から護ったのは、ゴルジュ・ラストスタンド(la3043)の駆るHN-01『パイルガン』の思念式展開装甲であった。盾として在り続ける彼の機体の損傷は少なくはない。抉れた肩部装甲から火花が上がる。
「なにから産まれ、お前さんらはそれになるのかね?」
ただただ大きな光に対する言葉と共に、ゴルジュはSRp-01源内による緊急修復をカールセンへ。エンピレオの『光をもたらす者』とコード666の維持も相まって、かの機体の消耗は激しい。だからこそゴルジュはエドウィナの支援に専念する。一秒でも長く、戦えるように。
「こっちは随分、無愛想だな」
エドウィナの眼前にその光はある。振り上げ、突き立てた剣の先に。
「もげる腕も千切れる足も刎ねられる首も潰される目も失う血もない、戦いに対する私なりの結論です。勝つ為なら躊躇はしない、そうでしょう?」
エンピレオが答えた。どこから発声しているのか分からない。だがエドウィナには聞き馴染んだ声だった。
攻撃の光がカールセンの思念の盾を軋ませる。エドウィナは衝撃に揺さぶられながら――口角を吊り、『牙を剥く』のだ。
「目の前の輝き1つ踏み越えられないで、彼方の星になんざ届くかよ!」
――この一瞬に命を賭す。
●堕天 04
ナイトギアが砕ける時を、ライセンサー達は待ち続けていた。
動き出したのは小隊【守護刀】。FS-10『夕影』よりエヌイーめがけて降下したのは、飛行兵らが乗った装甲車だった。
だが黙ってぶつけられるエヌイーではない。融解し伸縮する銀色の体が蔦のように、その車を絡めとる。人型固定ならばきっと成功していただろうが――それは攻撃を諦める理由にはならない。
「突撃開始!」
運転手であった柳生 彩世(la3341)の声に、一斉に5人のライセンサーが車から飛び降りる。直後に装甲車はエヌイーの触手によって圧砕され、パーツが飛び散った。
重力と冷たい風。彩世は空中で大剣を真っ直ぐ下へ、エヌイーへと差し向けた。
「一気にひねりつぶす!!」
飛行兵らの武装と、エヌイーの銀の迎撃が交差する。
「後は任せたからね! きっちりトドメ刺してきてよ!」
飛行兵らに声を張ったのは、FF-02『レグルス』のアリア・クロフォード(la3269)だ。彼女らアサルトコア部隊の役目は、エヌイーの行動やそれが足場にするナイトメアの妨害と拘束。
だが、攻撃をしないというわけではない。少女はエヌイーの攻撃を身を翻して空中で回避すると、ぐっとレグルスの拳を握り込ませた。
「あなたは昴を傷つけた、だからここで絶対ぶっ飛ばすの!」
ブースターを噴かせる。不気味な銀色の怪物へ、叩き込む怒りの鉄拳。
顔の半分を銀色に溶かしているエヌイーは――笑んでいる。それは憧憬、そして歓喜だ。
銀色の棘と、至高天の光。
数多の射撃砲撃と、閃く刃と唸る拳。
天から堕ちるのはどちらなるか。また一秒と流れてき、砕けたイマジナリーシールドの断片が花弁のように空を舞う。
花咲 ポチ(la2813)とFF-02『清姫』は、戦い続ける者の一人だ。攻撃予測プログラムによって幾重の銀を掻い潜り、防御する触手の間隙を刹那に見極め、下からアッパーカットを叩き込む。
彼女は生身のエヌイーと戦うことを一点に狙っていた。ゆえにこの状況になるまで、動きを学習されぬよう友軍機のキャリアーに身を隠していたのだ。エヌイーは攻防共に対策を練って来ている、なればこそ確実に貫くには『かわしきり』『必ず当てる』他になかろう。同時にあの堅い装甲にダメージを通す為の火力も、だ。
――ポチは考え、対策し、鍛え抜き、ここまで来た。それは今に始まったことではなく。
「エヌイー。たとえエンピレオが落ちても、貴方を逃せば意味がありません」
全てはここで完全に終わらせる為。長く続いた戦いに終焉を。
「こちらこそ。人間を……貴方達を。逃がすものですか。これほどまで素晴らしいのに」
光を背に、両腕をおぞましい不定形に変える物体は人類へと襲いかかる。
なれど。
その時であった。
エヌイーが不意に片膝を突く。
「……!」
怪物が目を見開いた。
なぜか。
――エヌイーの背後で、エンピレオが沈んでいく。崩れ、溶け、解け、堕ちていく。
遂に成したのだ。数多の、膨大な、束ねた一撃達が。
多くの戦士が傷付き、落ちていきながら、それでもと。
巨大にして強大な凶星が、小さな人類の手によって――斃される。
かくして。
エヌイーの壮絶な情報処理能力は、偏にエンピレオという『追加ブレイン』によるものである。エンピレオなき今、エヌイーは『処理落ち』状態となる。
そんな状態で、エヌイーは一瞬、ほんの刹那だけ、沈むエンピレオへと『意識を向けた』。
――その時を、小隊【ミュージアム】は狙っていた。
「今だ行けやれ狙えーーーッ!!」
小隊長、アンヌ・鐚・ルビス(la0030)が駆るFF-01『ウプウアウト』はバズーカ砲を放った。小隊メンバーの射撃、砲撃がそこに加わり、火柱を上げる。
それはこれまでエヌイーが決して人類に許さなかった、死角よりの奇襲。おそらくエヌイーが初めて人類から喰らうもの。なぜ成せたか、アンヌはその時を予想していた。きっと事前から予想と対策をしていなければ、この一瞬の隙を突くことは不可能だったろう。
「三度目はないわ、いい加減――くたばりなさいッ!」
アンヌが声を張り上げる。間隙に直撃を浴び、エヌイーがよろめく。
状況を理解した怪物は、ノイズだらけの声で人類を見た。
「素晴ら sい。Daが…… なゼ?」
怪物は感動を覚えるほどの謎を覚えた。戦力はこちらが上、情報処理能力も――それでも人間がニュージーランドの時のような大戦果を挙げることは知っていた。「人間ごときが」と侮っていない、むしろ脅威的な敵として認めているがゆえに、ネザー=エンピレオは不思議でならない。
――なぜ、人間はそのような強さを発揮できるのか。
「キミ達は分かれ、僕達は束ねた。……同じこの戦場へと至る為に。面白いですね」
その答えは、仲間と共に戦い抜いたイリヤが語った。オホートニクは損傷しきり、翼が一つもげ、片足も脛から下がなくなり、全身の装甲に亀裂と凹みが入っている。他のアサルトコアも似たような『惨状』だった。
ダンテとは、自壊するほどの破壊力ゆえに一人では戦えない機体だ。仲間がいるからこそ輝く機体、絆がなければ戦えない存在。
それは皮肉にも、『個』のみで戦い続けたエンピレオとは、それが生み出したナイトギアとは、あまりにも対極的だった。
「――縺吶?繧峨@縺――」
涼やかに笑んだ男の顔が、体が、溶けて崩れていく。伸ばされる指先も、体を支える足も。
天から堕ちる怪物は最期に青い空を見た。その向こうに広がる星々を眺めていた。
――インソムニア=エルゴマンサー『エンピレオ』、撃破。
――エルゴマンサー『エヌイー』、撃破。
――煉獄とは地獄にあらず。
煉獄の果てとは、最も天国に近き場所。そこは常春の、地上の楽園なのだという。
君達の目の前に広がっていたのは、どこまでも青く美しく広がる、楽園のような空であった。
『了』