●E 01
砕け散る意志の盾の断片は、散華のごとく。
力場の奔流に意識を刈り取られる寸前、人類が見たのは、天を貫く光の柱。
その日、その時、もたらされたのは絶望であった。
●E 02
圧巻の大船団。鋼の巨人らの戦列。一騎当千の戦士らの眼差し。
対するエンピレオの煌々とした光は神秘的である。だが同時に、無機質で理解のできぬおぞましさがあった。
そしてその輝きを後光のように背負い、無尽蔵の悪夢らが波濤のごとくやって来る。それらに立ち向かうのは飛行兵部隊の面々、そしてアサルトコアの大部隊だ。
「さあて、一丁始めますか」
ホリィ・ホース(la0092)はモニターに映る相棒と視線を交わすと、FS-10『ドレッド号』の艦上にSJ-01『デスクリムゾン』にて立つ。ライフル銃グウィバーW245を飛来するテンペストへ向けた。
「海賊『フルクトゥス一家』――突撃だァッ!!」
発破の声、開戦の合図。ホリィは先駆けるように弱点を穿つ意志を込めた弾丸を放つ。
同時に小隊【海賊「フルクトゥス一家」】の面々もまた、突撃だと声を揃えて大攻勢を開始するのだ。S-01『アードゥイノ号』とドレッド号が勇猛果敢に最前線を突き進む。その上に乗ったアサルトコアが、力を合わせてナイトメアの各個撃破を狙っていく。
「こちらティアマト、射程内に到達したよ!」
それに続くのはFS-10『インペラトリッツァ』を駆る雪室 チルル(la2769)、そして小隊【ティアマト】の面々だ。
「各員出撃! カタパルトフィールド発射ーーー!」
操縦席のチルルがレバーを力一杯押し倒せば、インペラトリッツァのシールドが戦慄いた――刹那、次々とアサルトコアがロシアの空に躍り出る。
「退路はバッチリ確保しておくから! 安心して、ガンガン攻めちゃって!」
チルルが通信機を介して仲間達を力強く鼓舞した。「了解」と凛と答えたのはMS-01J『シルヴェストル』に乗った如月樹(la2977)だ。
「私は私のやるべきことをするだけだよ。さあ、行こう!」
射出速度に乗せるように、シルヴェストルのブースターを点火する。風の精霊の名を示すがごとく――大剣シュヴェールト・フリードリヒを、テンペストと擦れ違い様に一閃。嵐を切り裂く。
「ダイブ・モード起動――!」
反撃の銃火はその反射で回避を試みる。空中では幾らか身の動きも制限されるが、そこはチルルが予め施してくれたシールド補助が役立つのだ。樹は倒すべき敵へ剣を向ける。
小隊【ティアマト】は敵の懐へ喰らいつき、テンペストを中心に相手取る作戦を展開する。奈落と至高天の主へと本命の矢が届くように。
「膂力で勝てぬ者と張り合うならば、圧に潰されぬ内にまず末端を崩さねばな?」
ダスク・L・オーゼン(la2698)が操るXN-01『迦楼羅』は翼から火焔を噴きながら、構えたシールド・ヤヌスの堅牢さをそのまま武器に、樹が斬ったテンペストを殴りつける。
あまりに不安定な迦楼羅は最早回避行動すらもままならない。だがその装甲は圧倒的だ。極論を言おう、「倒れなければ負けない」。
「行こうか、迦楼羅。――コード666、起動」
迦楼羅の赤黒い機体に、ダスクでなければ正気を失うほどの負荷が流れる――熱された機体は神々しいほどの純白に。さながら重戦車がごとく、容赦も慈悲もなく。
そうだ、容赦などしてやるものか。真っ赤な機体、HN-01『赤龍壱型-甲』が赤城 龍一郎(la0851)を乗せて前線へ吶喊する。
「おらあ! カチコミじゃあ!!」
彼ら【黄竜会】はFS-10『飛行戦闘母艦ガーランド』による攻撃指示と直接砲撃支援を受け、文字通りのカチコミを展開するのだ。
眼前に飛び込んできた使途:巨人の顔面へ、龍一郎はシールド・ヴァレッタを叩き付ける。反撃の刃は盾でそのまま受け止め、ヤクザ蹴りではね飛ばす。
「今だ、やれ!」
龍一郎が声を張れば、黄竜会の仲間達が一斉に巨人へ攻撃を集中させ、その体をバラバラに砕いた。その時にはもう、龍一郎は別の敵へと視線を巡らせていた。
「次にくたばりたいのは!」
ガチンコ上等、黄竜会の猛攻は続く。
一方の空ではFS-10『SS1-天羽々斬』、S-01、FS-10『前衛重砲撃巡洋艦『筑摩』』、3隻のキャリアーが威風堂々と風を切る。
「『空を守るは我らが剣』――対空部隊スカイセイバーズ、行きます!」
キャリアー達から堅固な支援を受け、君田 哉(la3012)はFF-01の手にバズーカ砲を構えた。スナイプモードは起動済みだ。
「キャリアー3隻による盤石の布陣、これなら……! ファングブースト起動!」
放つ砲弾は、まさに突き立てられる牙のごとく。それに合わせるようにキャリアー達からも支援の砲撃が雨霰と悪夢達へ降り注ぐ。攻撃はもちろん、緊急時は退避に回復とスカイセイバーズは万能である。彼らは文字通り、空を守る剣なのだ。
小隊【ヴァローナ・グニズド】も攻勢に加わる。
「何アレでっか!! 目つぶっても攻撃当たりそう!! まずはみんなゴーゴー!!」
夕見 尋(la3153)は前線へ吶喊するFS-10の艦上にて、彼方のエンピレオに目を丸くする。そしてそれを護るように取り巻く悪夢の渦へキッと眼差しを鋭くするのだ。
「皆の道を切り開くっ――ファングブースト、展開!」
尋はレヴィアタン砲に貫く牙のような勢いを乗せ、砲弾を放つ。それは仲間達の攻撃と合わさり、幾重に重なる火の線を描いた。あちこちで爆発が起き、砕けた悪夢が落ちていく。
ヴァローナ・グニズドはエンピレオへ攻め込む者らのための道作りと支援が目的だ。彼女ら、そしてライセンサーの尽力によって、悪夢はまた一つと数を減らしていく。
――道は開いた。
「悪夢の星を落として、新たな人類の星を掲げるぞ! 全員突撃!」
ブライアン・シュライバー(la1646)はXN-01を駆り、鋼の翼で空を飛ぶ。
「コード666、起動――」
煉獄を征き、その果てにて、至高天に挑む。胸に宿す炎の名前は煉獄の意地。煉獄とは、いつか安寧が来ると信じ苦難を超える、希望の地。ブライアンはライフル銃ア・ドライグ・ゴッホW964にありったけの意志を込める。
「吹き飛べッ!」
人間を示す数字を胸に、引き金を引く。弾丸は赤い竜のような軌跡を描く。
それを合図とするように、次々とエンピレオへの大攻勢が始まった。
「星を堕とす、かっこいいじゃねぇか。たまにはおっさんも頑張らねぇとな」
アシュリー・クラネス(la3257)はMS-01Jのコックピット内でヘラリと笑った。
「よーし神風起動――先鋒は任せとけ」
大槍ブランディストックOMを構え、正に風のごとく、仲間が放つ銃と砲すら追い越して――その気ままさもさながら風。彼は一人だ、ゆえに息を合わせるなんて『面倒』なことは必要ない。
(だからこそ息を合わせる奴の為に)
握りしめる槍を、破壊の星に突き立てる。奇妙な感触だ。肉でも金属でもない。だが当たった。これでも食らえと切っ先でぐりっと抉る。
「少しでも噛み付いてから沈んでやろう」
仲間に続く。フランベルジェACを揮って悪夢を薙ぎつつ、鳴神 紫苑(la3801)はFF-02と共にエンピレオへと挑む。十二分に近付いた。後はもう、攻め続けるのみ。ゆえに紫苑は武装を杭打機「ベアトリーチェの指先」へと持ち替える。
「恐れを踏み越え、星を砕く乾坤一擲の一撃を」
この瞬間に、この一撃に、全てを懸ける。一意専心、一撃必殺。ここで堕ちたって構わない。
「――はァッ!」
ガキン、と点火の音がした。直後に意志の力で高速射出されるのは銀の杭。それは希望を指差す永遠の淑女の指先である。
猛攻に続くのは小隊【強襲部隊アダマント】だ。アクティブ・シールドを施されたFS-10がブーストを噴かせて吶喊する。キャリアーを操縦する小隊長の掛け声で、甲板に乗った二機のアサルトコアが攻撃姿勢に入った。
「了解、エンピレオ撃破を最優先事項……Xスコープマン、行きます!」
SJ-01『スコープマン SP』に接続搭乗したGarcia.EXE(la1583)はライフル銃ヒュプノス・コールをエンピレオへと向けた。シールドも展開済み、照準補正プログラムも起動済み。あとは撃って撃って撃ちまくるのみだ。
引き金を引く。キャリアー甲板上であれば飛行による不安定性も考慮しなくていい。放たれた弾丸は異形を穿つ。
――かくして――
刹那の出来事である。
それは何の前触れもなく。
ライセンサー達の視界が、衝撃と共に真っ白く染まった。
●E 03
何が起きた――?
気付けばイマジナリーシールドがボロボロで。視界と意識が眩んでいて。
「これが、エンピレオの『侵略兵装』……!」
S-01の操縦席、レーヴェン メディルファム(la3495)は仲間達のカメラから見た惨劇に目を見開いた。それは文字通りの災厄、超大規模にして超規格外の制圧攻撃だった。そこへ悪夢共が今が好機と猛烈な追撃に出ているではないか。
なれど。
それらに命を奪わせるものか。
「こちら小隊【NAGASAWA】、治療を実施します。負傷者は一旦後退を」
レーヴェンのS-01は後方、雲の中に隠れている。ここならばエンピレオには見えない。彼らは回復拠点である。
「精一杯、お助け、します!」
千日紅 レン(la2672)はFS-10を急発進させた。彼女のキャリアーはエンピレオへ仲間の機体を届けた後、攻撃指示を飛ばしながら、その巨体を遮蔽に友軍を護り続けていたのだ。
そして今は治療の為に。負傷した者をありったけ積んで、彼女は仲間達にアナウンスを飛ばした。
「飛ばします、掴まって下さい――ハイパーブースト、点火!」
巡航移動用バーニア全開。一気にレーヴェンのS-01へ向かう。彼の機体で搭載修理を受けた機体は、ほどなく前線に復帰できるだろう。
とはいえ治療が無限にできないことをレーヴェンは理解している。回復手段が尽きたならば、最前線へ仲間を送り強襲させる心算だった。
「……最後は一か八かですね」
あちらこちらで戦線の立て直しが行われる。
小隊【メインディッシュ】も、それに貢献する一員だった。
「大丈夫ですよ。お母さんが治します。もう少し頑張ってくださいね」
珠(la2593)のFS-10『サンタマリア』からリペアシューターが放たれる。柔らかな慈愛の光がライセンサー達のシールドを修復していく。それは冠した聖母の名の通り、平等に子らを護るのだ。
「ほら、痛いの痛いの、とんでいけー」
こんな状況だからこそ、不安にさせてはいけない。珠は蒼く染まった瞳を優しく細め、微笑んだ。
同刻、珠とは対照的にぶっきらぼうな声がする。
「的が大きいので、ちゃんと守ってください」
それはシュマリ(la0104)の声だ。友軍機をS-01に格納し、リペアシステムを起動する。
「……その分、私も皆さんを守りますので」
シュマリは溜息のように小さく言いながらも、仕事は着実にこなしていく。治療を終えた機体へは強襲指示を。やられたのならやり返してやれ、と背中を押す。
二人のキャリアーは戦闘開始時はその加速機能で足代わりとなり、今はヒーラーとして戦線を支えている。そして【メインディッシュ】のアサルトコア部隊はキャリアー二機を護るように展開しつつ、負傷した機体が復帰するまでの穴埋めとして火力支援を行うのだ。
ライセンサーがエンピレオによって大打撃を受けた今、戦線の建て直しが最優先事項。
リヴィーネ(la3610)はHN-01『エウテルペー』を駆り、追撃に出るナイトメアの前に躍り出ると、デュエリングシールドによってその猛攻を遮断した。
「思念式拡散波動、展開――」
更に注目を集めるオーラを放ち、ターゲットコントロール。数多の悪夢がエウテルペーの方を向いた。
「エヌイー、ネザー、エンピレオ。……壮大ね。興味深い」
だからこそ早々に倒れるわけにはいかない。
FBa-01セーフティによるバリア、思念式展開装甲、仲間からの回復支援。全力で耐え凌いで、この苦境を支え続けてみせる。
●E 04
ナイトギアのキャノン、XN-01『レンちゃん』のベヒモス砲が交差し、それぞれに火柱を上げた。
「あのね、おじちゃん、あのね、ぁの……会いに来たの!」
そよぎ(la0080)はエヌイーへと声を張った。そのシールドはボロボロで、機体も片脚がもげていた。
「私も会いたかったですよ、そよぎさん」
エヌイーが答える。「会えてうれしいの」とそよぎは笑みつつ――コード666起動、武装を杭打機に持ち替える。飛びかかった。ナイトギアの蠍の尾が、レンちゃんを上半身と下半身とに両断する。そよぎは手を伸ばし、エヌイーを掴む。
「僕ね、あのね、――」
永遠の淑女の指先が、ナイトギアの壁に穴を開けた。
ずるりと崩れる機体の頭部をエヌイーが掴む。瞬間だ。小隊【独立機械化歩兵小隊【Заря】】の一斉攻撃がナイトギアに降り、その手を離させる。
「友軍には変に触れないで頂きたいものでして」
彼らを率いるのはイリヤ・R・ルネフ(la0162)。彼の駆るXN-01-13『オホートニク』が、大槍カピテーンL-05をナイトギアに突きつけた。
「やぁ、おちょくってくれたね。けど、明星は日の出と共に消えるものさ」
ザリアー、突撃。夜明けの名を冠する小隊、その四機のアサルトコアが攻防一体となってナイトギアに襲いかかる。二機のダンテによる大火力、二機の僚機による護衛支援。
牙剥く理論ならここにある。戦い続ける緋色の意地が、胸にある。
「再生怪人はもう一回死ねなのです!」
いせ ひゅうが(la3229)もナイトギア攻勢に加わる者の一人だ。HN-01『重装射撃支援機【CIWS】』を操り、リロードしたバズーカ砲を一心不乱にぶっ放し続ける。罵声は本音であり、こっちを見ろという戦略でもある。そのシールドはボロボロだ。重厚な装甲もズタズタだ。視界にノイズが走る。だけど。
「一発でも多く……! ブン殴らないと、気がすまないのです!」
ブースターを加速する。異形の眼前へ、バラバラにされてでも、パーツを零しながらも、大火力の砲を突きつけ、撃った。
ナイトギアへ挑む者の損傷は激しい。かの機体の周囲は、至高天の星によっておぞましいほどのイマジナリーシールド汚染地と化していた。そこでは意志の盾が脆くなり、加えてエンピレオの光をもたらす者による継続的イマジナリーシールド腐食が、エンピレオそのものからの攻撃が飛んでくる。もちろんナイトギアもその驚異的な出力で手数を重ねてくる。
結果、ナイトギアとの戦いは壮絶な削り合いとなっていた。純然たる暴力の応酬。やられるまでに一発でも多く。アバドンの復讐はライセンサーの協力で削ぎ落とされている、後はもう攻める他にない。
爆発音が響く。ナイトギアのイマージュの鎧から火柱が上がり、東海林昴(la3289)のMS-01J『翠閃』のシールドもまた、その片腕を肩ごと吹き飛ばされる。青い空に金属のカケラが散る。
「ぐッ……まだまだ……!」
昴は武装を剣に持ち替えた。シールド損傷のバックファイアに眩む視界で、昴を歯列を剥くのだ。
「エヌイー……てめェは何度でてこようがぶっ倒すッ!!」
辛酸を舐めた。今こそ報復の時だ。全てのブースターを最大解放し、昴は砕けた機体に無理をさせてでも悪夢の権化へと挑みかかる。
「くらえッ! 千照流……翠駁ッ!」
突き立てる刃――ナイトギアのイマージュの鎧が波打つ。小隊【守護刀】のエヌイー猛攻部隊の者らがそれに続き、傷だらけの機体で足掻き続ける。
これがどれだけ効いているのか。あとどれぐらい攻めればいいのか。
分からない。分からないからこそ――脅威である。
ナイトギアの尾が空を切る――無惨にして残酷なる音がまた一つ。
人類を嘲笑するかのように、かの機体は傷つけた者から精神力を奪い、その鎧の傷を治していく。
そんな悪夢と、花咲 ポチ(la2813)は相対し続ける。
エンピレオ、ナイトギアからの攻撃を、FF-02『清姫』は紙一重で掻い潜り続けていく。しかし高度学習体たるかの怪物らには長くは持たないだろう――それでもその継続戦闘能力は特筆すべきものがある。
「エヌイー。ひとときの間、わたくしとここで踊り続けていただけませんか?」
かわせる間はかわしきってみせる。一秒でも長く、仲間の為に囮を務めてみせる。真っ向から堂々と、小細工は抜きだ、『かわして殴る』、それだけだ。
清姫のワンツーパンチがナイトギアのシールドを戦慄させる。そのままポチは振るわれる尾を仰け反ってかわす。ナイトギアの装甲の向こう、エヌイーの笑みをポチは感じた。
「素晴らしい。ポチさんの戦略には、いつも驚かされます」
「……楽しいでしょう?」
「ええ、とても!」
心からの声だった。対するポチは、牙を覗かせ薄ら笑った。
●E 05
滅茶苦茶すぎる。エンピレオの攻撃軌道はおよそ分析できるものではない。
そんな攻撃を、たった一つの固体が成しているという絶望的な力量。
そこに加えてライセンサー達をじわじわと蝕んでいくのは、微量ながら永続的なイマジナリーシールド汚染――『光をもたらす者』は全てを焼く炎のように。
その周囲には正に無限と言わんばかりにナイトメア共が飛び回る。それらは陥落させられたネザーの悪夢の復讐を帯び、堅牢さと倒れにくさで立ちはだかり続ける。
ナイトギアとの戦いも、決して優勢とは言い難い。確かにダメージは蓄積できてはいるが……といったところだ。だがナイトギアもエンピレオも、イマージュスナッチによるドレインによって損傷を損傷のままにしてくれない。
エルゴマンサーという正真正銘のバケモノが、そこに君臨していた。
ナイトメア――正しく、悪夢。
……勝てるのか?
そんな不安が誰しもの心に過ぎる。
押している、有利だ、そんな気配がまるでしない。寧ろライセンサー側の被害は甚大だ。
作戦目標自体は砲撃の遅延ではある。「この場で倒せ」ではない。なれどこの攻撃で果たして、エンピレオの動きを遅らせることができているのか?
そもそも。砲撃を遅延させ、防いだとしても。
この怪物を斃すことなど、可能なのか――?
けれど、小隊【守護刀】は誰一人とて諦めない。
意志の盾を蝕まれ、機体がどれだけボロボロになっても。
「威力だけは折り紙付きだ、まとめて持っていけ!」
小隊の仲間が思念式拡散波動によって引き寄せられたナイトメア達。狭間 久志(la0848)
はそれを狙い、MS-01J『ハヤブサ』のブースターを噴かせた――杭打機「ベアトリーチェの指先」による、全てを貫く鋼の一撃を以て、敵集団を粉砕する。
「もう一発――!」
フラッシュリロード。機動力を活かして隼のごとく身を翻し、もう一度。ガキン、と点火の音が響く。【守護刀】の戦士達は、その絆とコンビネーションで尽力し続ける。
小隊【S&A】のシン・グリフォリシア(la0754)には一発限りの必殺技があった。仲間達がチリアットらを落とす間隙をXN-01『火中栗』を操り縫い、エンピレオを、ナイトギアを、有象無象の悪夢らを『射程内』に収めた。それは同時に彼らからも狙われるデッドゾーンでもある。
「カミカゼ特攻万歳、ってな。――全部ぶっ飛ばす」
危険上等、細かいこともリスクも静止も敵も面倒ごとも一切合財、粉砕せよ。
火中栗が杭打機を点火した。火花が散り――それは超新星がごとき大爆発となって、戦場に輝いた。獣の数字が肯定する破壊衝動と合わさり、シンの命の力を糧に燃え上がる閃光は、想像を絶する破壊力となる。
「……素晴らしい!」
鎧に甚大なダメージを負ったエヌイーは賞賛する。周囲はナイトメアが焼き払われ、シンを中心にぽっかりと間隙が生まれていた。
だがそれも束の間、悪夢共が雪崩れ込む。
その前に立ち塞がるのは、小隊【黄道十二宮】だ。
「前回は落っこちたけど今回は耐えきるよ!」
HN-01『クラブ』に乗って、デュエリングシールドを構えるキャンサー(la2196)は不動の盾として立つ。テンペストの猛射、チリアットの爪と牙、巨人の武装、脅威が雨霰と降り注ぐが、黄道十二宮が退くことはない。
「負けないっ……!」
使えるスキルはありったけ。キャンサーを始め防御班が攻撃を耐え凌ぎ、攻撃班が集中砲火でナイトメアに痛烈な反撃を浴びせていく。
――本命はエンピレオ。
無尽めいているが、ナイトメアの数はライセンサー全ての尽力によって確実に数を減らしている。
突き進まねばならぬ。
「援護たのみます!」
小隊【Howl Dragon】の更級 翼(la0667)が、通信機を介して声を張る。援護班はダンテに搭乗した猛攻班を護り、猛攻班がエンピレオを叩く。それが彼らの作戦だ。
「冥皇の全力を見せてやる!」
XN-01『冥皇』、翼の愛機は四つの羽から火を噴かせ、一気にエンピレオへと吶喊する。手にする刃の名は断罪者、悪夢を断つ者。振りぬくのは死神の奇襲。エンピレオのまとう加護を削ぎ落とす。それに続き、『咆える龍』らが次々とエンピレオへと喰らいつくのだ。
「戦術リンクシステム、セットアップ! 今だ強襲せよ!」
龍寓(近衛師団長)の塚井さん(la3514)が操縦するS-01が、小隊【Lilac】の仲間達に強襲指示を飛ばした。そうすればその艦上に乗ったアサルトコア達が肉を切らせて骨を断たんとばかりに一斉射撃を開始するのだ。
銃声が連なり、銃火が煌く。攻撃の余波に、S-01が掲げる大漁旗が翻る。緊急修復機能によってアサルトコア達はまだまだ戦える。
「ふははは! まさしく大船に乗ったような気分だろう! だから食べないでください!」
泣き言も言いたくなる。そんな状況だ。
エンピレオが再度輝く。迸る一撃が詠代 静流(la2992)のXN-01『星竜』に直撃し、シールドと共に鉄翼を一つ粉砕していった。
「ぐッ――この!」
静流は顔を歪めた。あるはずのない『翼が生えている部分』に激痛が走る。それは牙剥く理由となり、攻撃の意志が矢となってエンピレオへと突き刺さった。
「再生したり吸収したり……なら、それを上回るダメージを与え続けるまでだ!」
その時にはもう、静流は攻撃姿勢に入っていた。
「いくぜ、流星・改!」
星竜は大槍ブランディストックOMを構え、彗星のごとく。ここが煉獄の果て、その先に安寧があると信じ。
傷を負う。視界が眩む。地獄のような時間。
どろり、とユスタ・ジェノバーゼ(la0416)の鼻から血が伝う。XN-01『インヴァリードver.PZⅡ』のコード666による過負荷現象だ。頭痛、吐き気、赤い視界。それでも臆することはなく。
「コード666、再起動」
煉獄の意地で踏みとどまりながら、まとうのはケダモノなれど人間を示す3桁の数字。
「星が人を堕とすときたか……人の意地を軽く見たな? 落ちるのは貴様だ!」
至高天の真正面に立つ。それは汚泥と血と傷に塗れてもまだ生きる、もがく、足掻く、どこまでも気高く美しい人間の意地。ひび割れた鉄翼で一直線、握りしめる拳を全身全霊で叩き付ける。
今こそ反撃の時なのだ。
思い知らせてやらねばならぬ。
傷を負いながら、それでもなおと立ち上がった者は、強いのだと。
「ロシアの人々の怒り……届ける! 行こうXN-01! 裁きを奴に!!」
小隊【ハンガー・ワン】旗艦、FS-10『クロス・ザ・ルビコン』の射撃支援を受けながら、XN-01に搭乗した紅焔(la1575)はエンピレオへと躍り出る。獣の数字をまとう牙剥く理論で反撃を浴びせながら、XN-01による破壊衝動のままに紅焔は歯列を剥いた。
許せない。倒さないといけない。処刑剣断罪者を握る手に力がこもる。クロス・ザ・ルビコンからの戦術リンクシステムによって、紅焔のXN-01はまさに轟嵐のような暴力装置と化した。
刃を振り上げ、叩き付ける。
それは小隊【傭兵団体【鬼ヶ島】】のヨハネス・リントヴルム(la3074)も同じく。彼らは防御も回避もかなぐり捨てて、全てを攻撃に突き詰める。回復は仲間に任せ、ただひたすら、目の前の敵を殴り続けるのみだ。
「進め、『ローゼンロート』……僕たちの征くところこそが地獄だ!」
コード666を起動したXN-01『ローゼンロート』は、襲い来るエンピレオの光に牙を剥く。その単眼はおぞましいほど真紅に煌き、殺すべき敵を見据えている。片腕は砕けた、ゆえに残る片手で何度でも何度でも何度でも愛剣リーネアを振り上げる。
XN-01を始め、ライセンサーの猛攻は凄まじく。キャリアーによる支援や作戦を綿密にした継続戦闘力も確かにあり。
大打撃は確かに与えた。損傷具合が見えぬ相手なれど、それは事実だ。
「素晴らしい。貴方達は、戦う度に進化している……我々のように奪うことなく、進化と成長を成し遂げる」
ナイトギアの中、エヌイーは憧憬を込めてそう言った。
「ああ、本当に素晴らしい……おかげで少し時間がかかりました。驚きました――賞賛すべき尽力です」
そしてそのまま、エンピレオの方を見る。
ぞっと、嫌な予感がライセンサーに駆け巡った。
「では参ります。堕ちるのはどちらか、勝負しましょうか」
ナイトギアが両腕を広げた。
瞬間である。逃げる猶予も距離すらも許さずに。
エンピレオが激しい光を放った――攻撃ではない。砲撃だ。天を貫き、遥か彼方のサンクトペテルブルクを焼却するために放たれた曲射。その光は、エンピレオというインソムニアの体内に捕らえられた人間達の力を全て使い尽くして放たれる、悪意にして外道の煌き。
衝撃波が吹き抜ける。それは戦場にいた全てのライセンサーを吹き飛ばし、意識を刈り取る力場の奔流。
砲撃遅延は、できた。幾らかは。何秒の延命になったのかは、まだ分からない。
その日、その時、もたらされたのは絶望であった。
――なれど待て、希望せよ。
遥か彼方、希望は星粒のような光なれど、まだ残っている。
『了』